三宅町、川西町、田原本町にかけて広がる三宅古墳群。
5世紀後半から6世紀前半にピークを迎える古墳群で、前方後円墳を中心に現状18基で構成されています。その中の一つ、全長40mの瓢箪山古墳を訪れました。
瓢箪山古墳の墳丘。
かろうじて前方後円墳の形が分かります。緑濃い時期の見学でしたが、真冬であればもう少しその形状も分かりやすかったかもしれません。
綾杉文状の線刻!瓢箪山古墳出土の犬形埴輪
瓢箪山古墳で特筆すべきは、周濠から出土した形象埴輪です。
鹿や犬、馬などの形象埴輪が出土しており、特に犬形埴輪には不思議な文様が描かれていました。
犬形埴輪の綾杉文状線刻。
埋葬当時、犬は狩猟に使われていたのでしょう。
傾斜の異なる平行斜線文が二つ合わさっていますね。このような文様を杉の葉に見立て、綾杉または杉綾と言います。このような例は他に無く、大変珍しい出土品として注目されます。
三宅古墳群 瓢箪山古墳の案内板。
全長約40m、後円部径約26m、前方部幅約24mで、周濠まで含めると55m以上の前方後円墳である。
円筒埴輪をはじめ、盾・靭(ゆぎ)・人物・鹿・犬・馬などの形象埴輪も出土している。特に犬形埴輪は、額から鼻先に向かって綾杉文状の線刻が描かれているのが特徴で、このような例は今まで見つかっていない。
築造時期は6世紀前半と考えられる。 三宅町教育委員会
矢を入れる道具である「靭(ゆぎ)」の形象埴輪も出土しているんですね。
案内板から三宅町中央公園に振り返ります。
駐車場の左手に運動場、その向こうには体育館が見えています。
体育館の手前には、「恋人の聖地」の目印となるベルモニュメントがあります。
稲の収穫前に訪れました。
墳丘の周りには一面の田圃が広がります。
ちょっとこれだと、近づきにくいですね。
古墳見学のベストシーズンは冬ですが、瓢箪山古墳も例外ではないようです。
墳丘上に石碑のようなものが建っています。
何か祀られているのでしょう。
三宅町一帯は「倭屯倉(やまとみやけ)」の想定地です。
かつては天皇の直轄地だった場所です。そこに葬られた被葬者ですから、大王との関係が見え隠れします。
石碑に刻まれる文字・・・さすがにここからでは判読不明ですね。
三宅古墳群を構成する古墳には、茄子塚古墳、寺の前古墳、アンノ山古墳などがあります。
瓢箪山古墳の北方には、島の山古墳という巨大前方後円墳もあります。瓢箪山古墳の見学では、長閑な田園風景に溶け込む墳丘を楽しむことが出来ました。