高取町で開催中の「町家の雛めぐり」を見学して参りました。
開催期間は3月1日~31日までの一箇月間で、午前10時から午後4時まで楽しむことができます。高取町の春のイベントとしてすっかり定着しており、今年で第10回目を迎えます。れんじの道沿いに建つ商店や民家が開放され、様々な雛人形が展示されています。毎年秋に町家のかかし巡りで賑わうエリアが、春先にはそれぞれの思い出の詰まった雛人形で埋め尽くされます。
メイン会場の雛の里親館。
通常の雛壇では五段目に飾られる仕丁(しちょう)ですね。沓台(くつだい)を手に浮かない表情をしています。その向こうで、ボランティアガイドの方が雛人形の解説をなさっていました。
東西の雛人形の違いや、時代の変遷と共に移り変わる雛人形の歴史などが学べます。時折ジョークも交えながら、見物客の笑いが場内に湧き起ります。
圧倒的スケールで迫る天段の雛
高取町の雛祭りにおける最大の見所は、やはり何といっても天段の雛ではないでしょうか。
15段の雛壇に500体の雛人形が飾られ、そのド派手な演出に誰もが息を呑みます。大和郡山市の旧川本邸の階段にも、驚くような雛壇が飾られていましたが、それをも凌ぐスケールで見る者を圧倒します。少なくとも私が今まで見た雛人形の中では、最大にして最長の雛壇であることに間違いはありません。
天段のお雛様。
最上段には御殿が飾られていますね。上から見下ろす景色は一体どのようなものなのでしょうか?許されるなら、ドローンのカメラで見てみたいような気もします(笑) お内裏様とお雛様は元より、三人官女や五人囃子も何組飾られているのかすら分かりません。
すごいですね、さすがは天段の雛です。
主役であるはずのお内裏様とお雛様が、こんな下の方にいらっしゃるではありませんか。
親王台の上に坐す内裏雛は金屏風を背にしています。向かって左側に女雛、右側に男雛が飾られていることから、京都風の雛人形であることが分かります。関東地方の雛人形では、この並び方が逆になります。
公家社会の歴史を持つ京都では「左が上位」とされるようです。右大臣よりも左大臣の方が位が上ですよね。座る側の向きから言えば、男雛が左側に座っています。まぁ、今の世の中では物議を醸すことにもなりますが、雛人形の並べ方には一定の決まり事があるのです。
こちらのお雛さんには殿上眉(てんじょうまゆ)がありませんね。
眉の上の額の部分に、ちょんちょんと付いているアレです(笑) ボランティアガイドさんのお話では、殿上眉が描かれていない女性は未婚を表しているとのことでした。年増の女性には大体付いているそうで、天皇側近に仕える資格の有無を表すこともあるようです。
雛壇ではおなじみの菱餅ですね。
よく見れば、五色の菱形餅が重なっています。紅・白・緑の三色で作られているのかと思いきや、三色以外の黄色い菱餅も見られます。ちょっぴりグラデーションがかかっているのかもしれませんね。
高皇産霊神社の参道。
高取町れんじの道の入口近くに、高皇産霊神社の参道が右手に伸びています。綺麗な紅梅が開花していました。
民家の出窓に雛人形が飾られています。
それぞれのご家庭で展示方法にも工夫が見られ、そのディスプレイ空間を見るだけでも楽しくなってきます。街道沿いには菜の花の香りも立ち込め、春本番を思わせる陽気です。
イベントを主催する天の川実行委員会。
民家の軒先に桧葉と共に短冊が吊るされていました。天の川実行委員会のこの短冊は、れんじの道沿いに多数見られます。もう片面には「町家の雛めぐり」と記され、地域全体でイベントが盛り上げられているのが分かります。
地域の居間に展示される立雛とみかげ雛
町家の雛めぐりでは、メイン会場の他にも注目すべき手作り雛人形を見ることができます。
「手作りお雛さま作品展」として、ギャラリー輝(一次会場)、夢創館(二次会場)、地域の居間(三次会場)が開放されています。私はその中でも、三次会場が特に印象的だったのでここにレポート致します。
みかげ雛。
御影石で作られたお雛さんのようですね。スタッフの方にお伺いすると、石に穴を空けてそこに頭部が接合されているそうです。男雛の冠から直立しているのは纓(えい)ではないでしょうか。男雛も女雛もどちらもにこやかに笑っていますね。
押し絵雛。
立体的に浮き出ていて、こんな表現方法もあったのかと感じ入ります。
雛壇を毎年、物置小屋から取り出して並べるのは手間が掛かりますからね。場所を取らない雛人形が考案されてもおかしくはありません(笑)
富士山を望みながら旅を続ける人たちが描かれます。
昔から押し花の習慣はあったものと思われますが、押し絵雛の発想はどこから生まれたのか気になるところですね。
衣の裾を扇状に広げる雛人形。
これもまた簡易な作りの雛人形ですね。末広がりを思わせる出で立ちに縁起の良さが感じられます。
様々な雛人形が飾られる中、一番奥の毛氈の上に立雛が飾られていました。
名前の通り、立っている雛人形です。
雛祭りに飾られる通常の雛人形は座っていますよね。それに対し、立雛は男雛も女雛も直立しています。
座り雛は「居座る」にも通じることから、女の子の幸せを願って「飾る期間」は短くなります。桃の節句が終わってからも長々と飾るのはご法度となります。それに対し、立雛は一年中飾ってもよいとされます。床の間などに一年中飾ることのできる雛人形、それが立雛なのです。
「福雛」と案内されていますね。
元々、雛人形は私たちの身代りになるものでした。身に付いた厄を雛人形に移して、それを川などに流したのです。いわゆる人形(ひとがた)ですね。
歴史をさらに遡れば、縄文人たちも同じような考え方をしていたことが分かります。縄文人たちが作ったという土偶を見てみれば、そのことがよく分かります。腕が欠けていたり、乳房が片方無かったりする状態で見つかる土偶。一旦は完全な形の土偶を作った後、自分の身体の悪い所を壊してしまうのだそうです。何か悪いものでも食べて腹でも壊してしまったのか、内臓を模った土偶まで出土しています。つまり、縄文人たちは土偶を身代わりにしていたのです。
不思議なものですね、時は移ろえど人の考えることにそう違いはありません。
金屏風にも市松模様のデザインが施されています。
みかげ雛には手も足もありませんが、それがまた印象に残る理由でもあります。
これだけ色々な雛人形を楽しませて頂いたにも関わらず、嬉しいことに見学無料というサービスまで付いています。訪れる価値は十分にありそうですね。
石川医院の建築意匠。
交互に同じ模様が繰り返され、見ていて飽きないデザインです。
歴史を感じさせる建築物を見て回るのも、土佐街道散策の楽しみの一つです。
観覚寺なかよし広場のジャンボ雛
様々な雛人形が楽しめるイベントですが、分かりやすさで言えばジャンボ雛が一番なのかもしれません。
何においても大きいのはいいことです。
東大寺の大仏が世界中の観光客を引き付けるのも、その巨大さ故と言っても過言ではありません。
観覚寺なかよし広場のジャンボ雛。
青空の元、大きなサイズの雛人形が見物客を出迎えていました。向かって左側に男雛という配置は、関東風の雛人形スタイルですね。それにしても大きい!このジャンボ雛が飾られている場所は、近鉄壺阪山駅からもすぐ近くです。
観覚寺の住民有志で製作されたジャンボ雛。
”助成金” としての募金活動もなさっていましたので、見物の際には是非お心づけを宜しくお願い致します。
ジャンボ雛の前には、山茱萸(サンシュユ)、土佐水木、ネコヤナギ、雪柳などが活けられていました。
春黄金花(はるこがねばな)とも呼ばれる水木科のサンシュユ。その鮮やかな黄色は早春の象徴でもあります。
ジャンボ申雛。
同じジャンボ雛の括りでは、土佐街道の上手にある上子島元気広場に大きな猿雛が展示されていました。今年の干支は申ということで、タイムリーなお雛さんということになりますね。さらに猿は、「魔去る」「勝る」などに掛けられて縁起の良い動物とされます。奈良町の身代わり猿が人気を呼んでいますが、その由来には雛人形とよく似たものがあります。
山茱萸とジャンボ雛。
親王台(しんのうだい)の上に、すっくと立ち上がります。空の青がよく映え、実に気持ちのいい一日でした。
民家のガレージのような場所にも、ご家庭の雛壇が飾られていました。
それぞれに見せ方があって面白いですね。
雛壇の二段目に飾られる三人官女の一人ですね。
手にしているのは長柄(ながえ)でしょうか。長い柄の付いた酒器で、盃にお酒を注ぎ入れる道具です。
写真の三人官女は段飾りではなく、平飾りにされていました。定位置の雛壇に飾られていたら、こんなに至近距離から見ることはできませんよね。
縁起物の申をモチーフにした南天九猿
上子島にもジャンボ申雛が展示されていましたが、今回の雛めぐりでは猿の姿もあちこちで見られました。
申年ということもあるのでしょうが、元々猿は縁起物です。
奈良町の身代わり猿を観察してみると、九匹の猿が連なっていることがよくあります。「九が猿」で「苦が去る」に通じるゲン担ぎのようです。それと同じ流れで、薬資料館前の『夢創館』にも南天九猿(なんてんくざる)という名の置物が売られていました。
南天九猿。
実に可愛い九匹の猿たち(笑)
端っこの一匹だけが反対方向を向いていますね。船頭さんのような役割を果たしているのでしょうか。両手を上げて、皆で声を掛け合っているような情景が生み出されます。南天九猿の「南天」は、難を転じる「難転」にも掛けられます。うん?ということは、南天の枝が使われているのかもしれませんね。お正月の門松でもお馴染みの南天ですが、どうやら南天九猿の材料にもなっているようです。
魔除猿。
こちらの置物は、夢創館さんとは違う会場に展示されていました。札には単に「魔除猿」と書かれていただけでしたが、おそらくこれも南天九猿のカテゴリーに入るものと思われます。
雛人形ばかりかと思いきや、おサルさんにもお会いできるとは(笑)
自分の中の厄を猿や雛人形に移し、厄除を祈願した昔の人の風習が偲ばれます。
おっ、こちらは雛人形の真ん前に身代わり猿が吊り下げられていました。
同じような発想から生まれた雛人形と身代わり猿。その辿って来た道は違えど、町家の雛めぐりの会場で合いまみえます。
鶴のつるし雛。
日本古来の瑞鳥の鶴が吊るし雛として登場です。
天段の雛が飾られるメイン会場にも、たくさんのつるし雛が天井から吊り下げられていました。つるし雛は生活空間の邪魔をしないところがイイですよね。モチーフが鶴というだけあって、紅白の模様がよく映えます。
奈良一閑張の雛人形とかぐや姫
大振りではありますが、印象に残った雛人形の一つに一閑張のお雛さんがあります。
一閑張(いっかんばり)って?
最初はよく分からなかったのですが、解説パネルを一読して大体の見当が付いたのでここにご報告しておきます。
奈良一閑張の雛人形。
吊り目、下がり目、笑顔と様々な表情を見せていますね。
奈良一閑張の解説パネル。
名前の由来は諸説あるが、江戸寛永年間(1630頃)、中国・明の学者である飛来一閑(ひき・いっかん)が創始した漆工芸の技法のこと。
一般的には漆の代わりに柿渋を用いて農閑期の閑な時に古くなった容器を補修・再使用のために作られることが多かった、柿渋によって容器が丈夫になり、一貫目の重さにも耐えるからとの説もある。
柿渋によって強度が増しているのですね。
ご存知のように奈良県は柿の一大産地でもあります。土地柄にも合った工芸技法なのかもしれません。
骨組みに和紙を何度も張り重ねて形作る製法で、根気のいる手仕事だと思われます。伝統工芸で雛人形を作るなんて、なかなか洒落た試みではないでしょうか。
なぜか悲しそう(笑)
これぞ、奈良の歴史を感じさせる雛人形です。
ぼってりとした感じの人形がズラリと並びます。
この雰囲気は他では味わえませんね。
さらに趣向を凝らした雛人形との出会いに期待を込め、高取れんじの道へと戻ります。
「和太鼓キララ」のイベントポスターが連子に貼られていました。
3月19日の午前と午後、2回に分けて公演が予定されているようです。雨天延期(小雨含む)とのことで、その際は予備日として21日が指定されています。町家の雛めぐりに合わせた入場無料の公演ですので、時間を見つけてどうぞ足を運んでみて下さい。
ペットボトルのキャップで作られた雛人形。
環境志向のお雛さんも祭られていました。遠目にはペットボトルの蓋から出来ているとは思えません。実に精巧な作りですね。
近づいてみるとよく分かります。
確かにペットボトルキャップで構成されています。エコ雛の登場も時代の流れなのでしょうか、様々な試みに昔の本家・雛人形たちも感心していることでしょう。
「おひなさま展示中」の看板。
雛人形が展示されている民家や商家の門前には、いずれもこの看板が立っています。番号も振られていますので、順番に回って行けば見落とすこともないでしょう。土佐街道の各所に ”町家の雛めぐりマップ” が置かれていますので、それを手にして見物されることをおすすめ致します。
地図を確認してみると、吉野ストアの1番から壷阪寺の92番まで用意されていました。
紙人形付きのかぐや姫。
斜めにカットされた竹筒の中に収まる雛人形。
大和郡山市の旧川本邸でも見た雛人形が、ここ土佐街道にも展示されていました。簡易テーブルの上に並べられ、展示即売会が行われているようです。高取町と竹取物語は語感的にもよく似ていますが、それもそのはず、高取町は竹取物語発祥の地とも言われます。広陵町などもかぐや姫との関係が取り沙汰されるだけに、真偽のほどは定かではありませんが一つの説として語り継がれているようです。
「連子越しにご覧ください」と案内されていました。
連子・・連子格子のこと
土佐町並みの家々にはこの窓が多い。その種類は、上部吹き寄せ格子・細格子・太格子・出格子・板ひさしの出格子など。
連子越しに雛壇が垣間見えます。
マンションや分譲住宅が増えてくると、昔ながらの町並みが見られなくなってきました。そんな時代に逆行するかのように、連子格子が私たちに何かを語り掛けてきます。失くして欲しくないですよね、こういう日本建築の美しさは。
こちらもまた変わった雛人形ですね。
竹の上に毛氈が敷かれ、その上に小型のお雛さんがちょんと座っています。
雛壇の五段目に座る仕丁(しちょう)の中の一人。
熊手を手にしていますね。
仕丁の並べ方にも決まりがあるらしく、ちり取りを持つ仕丁が真ん中で、向かって左側に熊手、右側に箒(ほうき)を持った仕丁が並びます。熊手の仕丁の前には鯛が盛られていますね。
光永寺さんも町家の雛めぐりに参加なさっていました。
お庭にある人頭石で有名なお寺ですが、その謎の石造物の近くに光永寺さん由来のお雛さんが飾られています。
可愛い豆雛ですね。
小さく丸々とした雛人形です。
これはかわいい!思わずシャッターを切りたくなる被写体です。
町家の雛めぐりイベントでは、土佐街道周辺に幾つか駐車場が用意されています。土佐街道沿いの金剛力酒造さんの前にある第一観光駐車場がおすすめですが、そこが満車の場合は少し離れた場所にある第二観光駐車場、子嶋寺駐車場、高取町役場駐車場、高取町保健センター駐車場(土日)などがあります。
近鉄壺阪山駅からも徒歩すぐですので、アクセスにも大変便利な場所と言えるでしょう。
ちなみに、壺阪寺の入山受付で雛めぐりマップを提示すれば、入山料の100円割引サービスが受けられます。