伴堂杵築神社のおかげ踊り絵馬

聖徳太子ゆかりの太子道を屏風杵築神社から南へ進みます。

ヨノミの木を超えた辺りで、神の鎮まる静かな空間が左に広がっていることに気付かされます。

伴堂杵築(ともんどきつき)神社の境内社である厳嶋神社へまずはお参りし、その南側に鎮座する絵馬で有名な伴堂杵築神社へと足を運びます。

伴堂杵築神社のおかげ踊り絵馬

伴堂杵築神社のおかげ踊り絵馬。

拝殿には幾つかの絵馬が掲げられていました。

太子道の万葉歌碑!6月開花の三宅町あざさ
聖徳太子が飛鳥と斑鳩の間を往復した筋違道(太子道)。 近鉄田原本線の黒田駅から北へしばらく進むと、左手に三宅の原を詠んだ万葉歌碑が建っています。山の辺の道の万葉歌碑には普段から慣れ親しんでいますが、別の場所で万葉歌碑に出会うことはそう...

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万葉花あざさ!太子道の三宅村道路元標

「おかげ踊り」を描いた絵馬三面は、民族学上も大切な資料なんだそうです。

神社の境内で多数の踊り子が輪になって踊る様子が描かれており、当時の風俗を知る上で興味深い内容となっています。

伴堂杵築神社の鳥居

伴堂杵築神社の鳥居の向こうに拝殿が見えます。

太子道周辺には杵築神社が三つあり、伴堂杵築神社の他にも“おかげ参り絵馬”の屏風杵築神社、十三重石塔で知られる但馬杵築神社が鎮まります。

この鳥居の手前には池がありました。

伴堂杵築神社の池

境内の小さな池。

拝殿内には「伴堂池掘り絵馬」という絵馬も奉納されているようですが、絵馬に描かれている池とも何か関係があるのでしょうか。

万葉の花あざさ

万葉の花あざさのプレートが見えます。

三宅町を散策していると、神社の境内や道端のあちこちで万葉の花として知られる「あざさ」が開花していました。美しい黄色い花を咲かせるあざさは、万葉の時代へタイムスリップさせてくれる入口です。

あざさ

あざさの花に近寄ってみます。

初めて見る人も多いのではないでしょうか。あざさの見頃は、四季でいえば夏になるでしょうか。気温が20度以上になると開花する習性があるようです。

伴堂杵築神社のあざさ

伴堂杵築神社のあざさ。

あざさは水生植物で、水に浮くたくさんの葉っぱが見えます。

開花している花はあまりたくさんは見られませんが、それだけに貴重な花と言えるのではないでしょうか。

三宅村道路元標

三宅村道路元標。

伴堂杵築神社の入口手前にありました。

近鉄田原本線黒田駅から太子道を北へ向かいます。

三宅の原を詠んだ万葉歌碑を通り過ぎてさらに歩を進めると、ちょうど突き当たりに三宅村道路元標が建っています。この場所は迷路のように入り組んだ三宅町の道路を象徴するようなポイントで、北から見ても南から見ても、ちょうどL字型のようになっています。

のこぎり型道路とでも言ったらいいでしょうか。

太子道沿いの迷路案内

太子道沿いに迷路の案内板が出ていました。

外敵の侵入を容易にさせないための対策だったようです。橿原神宮近くに今も残る江戸時代の寺内町・今井町を思い出しますね。見通しの悪さが、町を守るための秘密兵器につながります。

伴堂杵築神社の拝殿

伴堂杵築神社の拝殿。

冒頭のおかげ踊り絵馬は、こちらの拝殿内に掲げられています。

なもで踊り絵馬

県指定文化財のなもで踊り絵馬が案内されています。

絵は文章で記録するよりもよりダイレクトに、そして分かりやすく後世の人々に当時の状況を伝えます。そんな大切な役割を担っているのが、神社やお寺に奉納されている大絵馬ではないでしょうか。

糸井神社の七五三絵馬

糸井神社の七五三絵馬。

太子道から寺川に架かる橋を渡り、自然堤防を降りて行くと式内社の糸井神社が鎮座しています。

地元の人を中心にお宮参りや七五三で訪れる参拝客も多いのでしょうね。

伴堂杵築神社

磯城郡三宅町伴堂(ともんど)に鎮座する伴堂杵築神社。

須佐男命を御祭神とするお社です。

神社から北の方角には、三宅町屏風に生誕したと伝えられる鎌倉時代の僧侶・忍性菩薩の石碑が建っています。社会福祉事業のパイオニアとも言われる忍性菩薩は、三宅町の歴史を代表する英雄と言えるのではないでしょうか。

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