磐座が集まる山添村。
数ある磐座の中でも、一番分かりやすくシンボリックな存在だと思います。
山添村ふるさとセンター内にある長寿岩は、直径7m・重量600tの球体巨岩です。まずはその真ん丸い形状に驚きます。摩擦によって削られた、下流の丸い小石を思い浮かべます。見るからに長寿岩は火山性のものでしょう。マグマが地下深くで固まった花崗岩ですが、そのままの形で地上に現れていました。
山添村大西の長寿岩。
この日私は、名阪国道の山添ICを下りて山添村役場へ向かいました。
役場の大字も長寿岩と同じく、大西のようです。役場で観光資料を頂き、いざ山添村観光に出掛けます。長寿岩のある山添村ふるさとセンターは、名阪国道をはさんで役場と反対方向です。車でわずか2分ほどの距離でした。
一億年前のマグマ活動!ゲートボール場併設のふるさとセンター
山添村の長寿岩は、ふるさとセンターの造成工事で出土したようです。
こんな巨大な岩が地中に埋まっていたとは、さすがに驚いたことでしょう。はるか一億年前のマグマが固まって出来た産物です。花崗岩ですから、さほど硬い岩ではないものと思われます。青空の元、陽の光を浴びる磐座は神々しかったです。
山添村ふるさとセンターの長寿岩。
建物の右横に見えていますね。
背後に回り込みます。
ちょうど鉢巻のように注連縄が張られていました。
表面には赤道、子午線と思われる「謎の十字ベルト」も見られます。案内札には、“夏至の太陽との関連”が示唆されていました。夏至の太陽と言えば、弓月ヶ嶽の「夏至の大平(おおだいら)」が頭をよぎります。桜井市にある巻向山の弓月ヶ嶽も、どことなく神秘的な匂いがしたことを思い出します。
山添村いわくら文化研究会による道案内。
ここを真っ直ぐ下って行くと、突然現れるのが長寿岩です。
山添村ふるさとセンターの入場ゲート。
おそらく営業時間外はゲートが閉ざされているのでしょう。
これ以上にない “お出迎え” です。
駐車場も広く取られていました。
ふるさとセンター内には「ふれあいホール」の他、ゲートボール場や多目的広場、産直市場「花香房」などが整備されています。
特にゲートボール場が広かったです!
屋根付きのゲートボール場が何面も設けられ、大きな大会でも開けそうな勢いです。
綺麗に整備されています。
これなら雨の日でも、気兼ねなくプレーできそうですね。
長寿岩のすぐ傍にゲートボール場という構図。
おそらく山添村も高齢化が進んでいるのでしょう。若者がどんどん村を離れ、高齢化率が高まっていることがうかがえます。長寿岩の名前の由来も、あながち無関係ではないような気がします。
ゲートボール場脇の無料駐車場。
視線の先に長寿岩が見えます。こうして見ると、広大な敷地が手に取るように分かりますね。
役場の方にお伺いしましたが、山添村には信号機が1つしか無いようです。
村にはコンビニも無く、村民の生活圏は東隣りの三重県伊賀市や名張市、もしくは西隣りの奈良市に分散しているようです。県道80号を西へ進めば、約40分で奈良にアクセスすることが出来ます。
山添長寿岩の案内板。
この大きな岩は、平成7年このふるさとセンター建設の造成工事の際出土したもので、山添の地が未だアジア大陸東縁部にあったおよそ1億年前に、地下深く(10~20km)でマグマが固まった「花崗岩」です。
この花崗岩は、当時の大地の変動(大マグマ活動)を記録しているという大きな地質学的意義を持っています。この岩は、その後の大地の変動によって、幸運にも地表に顔を出してくれた自然の貴重な贈り物と言えます。
どんな硬い石も地表近くでは長い間にはどんどん壊れて砂状になっていきます。長い年月の中で生き抜いたこの丸くてどっしりした姿は、自然が長い時をかけて作ってくれた芸術作品とも言えます。この長寿岩は、山添村の未来を暖かく見守ってくれるでしょう。
夏至の太陽との関連や、謎の十字ベルトについて解説されています。
直径7mの見事な球体、推定600t、注目すべき点は赤道、子午線とおぼしき謎の十字ベルトがあり、夏至の太陽と関係があると考えられている。また建物の側面には三重の円が描かれていることが解ってきた。 山添村いわくら文化研究会
長寿岩を見上げます。
フォレストパーク神野山まで足を延ばせば、奇岩渓谷の鍋倉渓があります。一つの岩としては長寿岩ほど大きくありませんが、無数に集まる黒岩の風景は圧巻です。苔生した北斗岩(北極星)も神秘的で良かったです。
まずは山添村の磐座巡りの第一弾として、ふるさとセンターの長寿岩をおすすめします。