手向山八幡宮末社の五百立神社

東大寺中門の左手前に鎮座する五百立(いおだて)神社。

東大寺鎮守の手向山八幡宮の末社とされるお社です。

東大寺の大仏殿を前にして、わざわざ足を運ぶ人の少ない神社ではありますが、大仏殿創建に従事した大工さんが祀られる神社として知られます。五百立神社は知る人ぞ知る、穴場の観光スポットと言えるのではないでしょうか。

五百立神社

五百立神社の参道。

鏡池の鯉のエサを売る売店の裏側に、五百立神社や鉄道職員殉職者供養塔(十三重石塔)へと続く参道が続いています。

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大仏殿創建に尽力した番匠を祀る神社

生まれてこの方、幾度となく東大寺を拝観して参りましたが、五百立神社を参拝させて頂くのは今回が初体験です。

五百立神社

五百立神社の鳥居。

緩やかな坂道の参道を上って行くと、程なく左手に五百立神社の鳥居と祠に行き着きます。

五百立神社には、五百余所社(ごひゃくよしょしゃ)番匠社(ばんじょうしゃ)などの呼び名もあります。大仏殿創建に寄与した500人の木匠を御祭神とします。実際に500人だったのか、素朴な疑問も湧いてきますが、数が多いことを五百という象徴的な数字で表しているのでしょう。

東大寺大仏殿の再建
東大寺大仏殿は二度焼失しています。 その度に再建された歴史が、東大寺大仏殿の中に展示されています。 鎌倉時代の東大寺大仏殿の模型。 東大寺大仏殿の建設は、奈良時代に行われています。建物の建設は大仏が造られた後のこと...

五百立神社の御由緒には、木匠たちが「五百羅漢になって天高く飛び立ち」、などという文言も見られます。

葛城古道の起点にある船宿寺の住所は奈良県御所市五百家(ゆうか)と言います。八百屋や八百万の神と同じで、数の多いことを表現する五百なのかなと思ったりもします。

五百立神社由緒

五百立神社の案内板。

大仏殿建立に尽力した人々の魂が宿ります。

縁の下の力持ちであり、東大寺大仏殿の始まりを伝える重要なお社であることがうかがえます。全国各地から参拝に訪れる修学旅行生たちは、仁王像が身構える南大門をくぐったら、真っすぐそのまま大仏殿を目指します。外国人観光客、日本人観光客とて同じことです。

東大寺中門

東大寺中門前に建つ石燈籠。

この石灯籠の手前を左に進んでみましょう。今までとは違った新しい世界が開けるはずです。

東大寺大仏殿

世界最大の木造建築物と言われる東大寺大仏殿。

世界遺産として世界中にその名を轟かせる東大寺ですが、その端緒となる番匠たちの魂が五百立神社に手厚く祀られています。そのことを知る人は意外と少ないのではないでしょうか。

五百立神社

五百立神社の祠を背後から見ます。

さらに上手へ登って行けば、鉄道職員の供養塔である立派な十三重石塔がそびえています。

今はもう廃線になっていますが、大仏鉄道という名前を祖父から聞いた覚えがあります。五百立山の登り口付近は、東大寺大仏殿にまつわる歴史が凝縮されたエリアとなっています。

東大寺南大門

東大寺南大門と鹿の風景。

南大門前はいつも、観光客に鹿せんべいをおねだりする鹿たちでいっぱいです。

五百立神社の住所は、奈良県奈良市雑司町。東大寺の大仏を拝観する前に、是非一度訪れてみてはいかがでしょうか。