奈良太郎と呼ばれる東大寺の鐘

東大寺鐘楼に、「奈良太郎」と呼ばれる鐘があります。

東大寺大仏殿を出て、右手の手向山八幡宮から先の道を登って行きます。大仏殿よりも小高い場所に、鐘楼を中心に俊乗堂、行基堂、念仏堂などの建物が建ち並びます。

東大寺の鐘

東大寺の鐘。

左手奥に見えている建物が俊乗堂です。

禅師の栄西が、承元年間(1207~1211)に再建したものと伝えられます。屋根の反り返りが印象的で、大仏様に禅宗の趣を加えた実にのびやかな建物です。鐘楼の中の鐘は東大寺創建以来のもので、国宝に指定されています。

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日本三名鐘に数えられる東大寺の鐘

東大寺の鐘は「日本三名鐘」の一つに数えられます。

宇治の平等院の鐘、大津の園城寺の鐘と共に、日本三名鐘に名を連ねる由緒正しい鐘として知られます。三つの鐘をそれぞれに形容する言葉も興味深いので、ここにご紹介しておきます。

「形の平等院、声の園城寺、勢いの東大寺」と称えられます。

東大寺の鐘

「勢いの東大寺」とは言い得て妙ですよね。

鐘楼右手に見えているのは念仏堂で、鐘楼の奥に垣間見えるのが行基堂です。

東大寺のスケールの大きさは、大仏やそれを収める大仏殿のみにとどまりません。お寺に付き物の鐘楼も、そのスケール感で他を圧倒しています。

東大寺念仏堂

東大寺念仏堂。

二月堂から大仏殿方向へ下って来ると、最初に右手に見える建物です。

念仏堂は鎌倉時代の建築で、国の重要文化財に指定されています。念仏堂内には、同じく重要文化財の地蔵菩薩坐像(鎌倉時代)が安置されています。東大寺大仏殿の開門中は中に入って参拝することができますが、向かって左隣の庫裏で申し込みが必要です。

東大寺行基堂

念仏堂の北側に佇む行基堂。

近鉄奈良駅前の行基像でおなじみの、奈良時代の僧・行基の肖像が安置されています。東大寺の創建にも貢献した行基は、東大寺の歴史を語る上では欠かせない人物です。

春日野園地の鹿

春日野園地の鹿。

遥か彼方に東大寺大仏殿を望みます。写真撮影時は、ちょうど「なら燈花会」の最中でした。芝生の中に見えるピンク色の物体は、イベントに使われるロウソクです。

東大寺の鐘

東大寺の鐘の重量は26.3トンとされます。

鐘の音の余韻が長く続くことで知られますが、興味深い逸話が残されています。

時は鎌倉時代、力持ちで知られた武将の朝比奈三郎が撞いたところ、三日三晩鳴り止まなかったと伝えられます。そのため、東大寺の鐘を撞く時は ”撞座” の下を撞くようになったそうです。撞座(どうざ)とは、鐘を撞く際に撞木(しゅもく)の当たる面のことで、鐘の下部に丸く浮き彫りにされている部分のことを言います。東大寺の鐘のそれは、確かに撞木の撞き当たるポイントの上に配置されています。

東大寺の鐘

「奈良太郎」と擬人化されて親しまれる東大寺の鐘。

今もなお、現役で奈良の悠久の時を刻み続けています。