大和三山の中でも特に神聖視される天香久山。
その北に張り出した尾根に不思議な巨石があります。
香具山山中に鎮まる蛇つなぎ石。
読み方ですが、「蛇(じゃ)つなぎ石」と読みます。
まるで鎖が巻き付いたように浮がび上がる紋様が印象的です。此処はまさしく、古来より息づく巨石信仰の感じられる場所です。見学に訪れたのは6月末ということもあり、顔や腕の周りを小うるさい蚊が飛び交います(笑) カメラのシャッターを切るときも、容赦なく蚊が近づいてきます。ブレないように注意しながら、謎に満ちた蛇つなぎ石を撮影しました。
香具山は雨乞い神事の竜王山
天香久山はその昔、竜王山と呼ばれていました。
香具山の山頂に鎮座する国常立(くにのとこたち)神社。そこに祀られる高龗神(たかおかみのかみ)は龍王神とされています。
大和三山にはそれぞれ古名があり、畝傍山は「慈明寺(じみょうじ)山(お峰山)」、耳成山は「天神山」、そして香久山は「竜王山」と呼ばれていました。畝傍山と耳成山は単独峰ですが、香久山だけは多武峰から続く竜門山地の端に当たります。三輪山の麓の大美和の杜展望台からは大和三山が見渡せますが、唯一見つけにくいのが天香久山です。標高は152mで耳成山よりも高いのですが、高台からも見つけにく山という印象があります。
雨乞い神事の名残を感じさせる蛇つなぎ石。
鎖のような模様は、龍(大蛇)を繋ぎ止めた跡ではないかと伝えられます。
その昔、香久山山頂で行われた雨乞い神事。山頂に祀られるタカオカミノカミが龍(大蛇)にまたがって降りて来て、雨の神様である龍をここに繋ぎ止めたのではないか。臨場感たっぷりに空想の世界が広がっていくのを感じます。血管のように浮き出た紋様が、この巨石に生命力を与えているような気さえして参ります。
蛇つなぎ石の手前に案内板がありました。
この石を人呼んで蛇つなぎ石という。香久山は俗に竜王山ともいわれ、頂上には雨の竜王とも呼ばれる高龗神を祀り、太古の昔より雨乞いの神事がよく行われた。このとき、一天かき曇り大蛇にまたがった竜王が、雨雲をもって舞い降りてきたのであろう。その大蛇を繋ぎ置いたとでもいうのであろうか。
香久山は「延喜式」には畝尾(うねお)と記されています。
香久山山麓にはその歴史を偲ばせる畝尾都多本神社や畝尾坐健土安神社が鎮座しています。かの本居宣長も、菅笠日記に「東の方はうねを長く続きて」と記しており、畝尾の山名はその形状を表していることが分かります。
蛇つなぎ石への行き方
山中にある巨石ということで、そのアクセス方法を簡単にご案内しておきます。
今回、私は八釣山地蔵尊にお参りしてから東方の香久山を目指しました。田圃の間を通って、徒歩数分で香久山の麓へと入って行きます。民家の間を登って行くと、月の誕生石の道案内が出ていました。
左へ折れてさらに進んで行くと、電柱にまた月の誕生石の案内板がありました。
ちなみに蛇つなぎ石は、月の誕生石の先に位置しています。月の誕生石までの距離は、此処から80mと出ています。
見学通路を登って行くと、程なく香具山伝説探訪ルートの案内板がありました。
目的地の蛇つなぎ石への所要時間は徒歩5分、距離は300mと案内されています。数年前に月の誕生石を見学に訪れたことがあったのですが、その時にはこの案内板は無かったものと思われます。香具山観光の整備も徐々に進められているようですね。
香具山登山は未体験なのですが、頂上の国常立神社までもわずか8分で行けるようです。
櫛真神を祀る天香山神社、天照大神ゆかりの天岩戸神社などもここから徒歩圏内です。
香具山伝説探訪ルートの案内板から、わずか徒歩1分で月の誕生石に辿り着きました。
以前来た時よりも、見学通路も比較的歩きやすく感じました。人が足を踏み入れる機会も増えているのでしょうか、そんなに「山の中」といった感じではなく、簡単に見つけることができました。
月の誕生石の周囲には注連縄が張られ、この場所が聖地であることをうかがわせます。
少し下手にある月の誕生石から来た道を戻り、一路蛇つなぎ石を目指します。
その途中にも道案内の札が立っていました。
蛇つなぎ石は万葉ゾーンの方向を目指すようです。
見学ルートは開けた谷へと降りて行きます。
そこに東屋の休憩所がありました。鬱蒼とした山道を歩いている途中に、こういう場所があるとほっと一安心です。しかしながら、こんな所で休んでいる暇はありません(笑) 休むことなく、そのまま蛇つなぎ石を目指します。
東屋から坂道を上ると、また蛇つなぎ石の道標がありました。
ここまで来れば、あともうすぐです。
ありました、ありました。
行く手の左側に、異様な空気を解き放つ巨石が佇んでいます。
蛇つなぎ石です。
香具山周辺散策マップを見てみると、蛇つなぎ石のサイズが紹介されていました。
高さ1.5m、幅4m、奥行き2.5mのミステリーストーンです。月の誕生石よりも少し小さいですが、その存在感は見る者を圧倒します。
蛇つなぎ石を真横から撮影。
飛鳥の石造物は今までにも幾度なく見てきましたが、こうやって初めて対峙する巨石にはまた違った思いが湧き起こります。石舞台古墳、マラ石、亀石、亀形石造物、猿石、石人像、人頭石、二面石、弥勒石などは平地で見学することができます。観光地化された場所で見る巨石とも言えます。その点、月の誕生石や蛇つなぎ石は山の中へ分け入らないと観ることができません。
それだけ貴重な体験です。
益田岩船なども、半ば秘境の中の巨石と言えるのかもしれません。益田岩船との初対面は今でも忘れられませんが、それに匹敵するぐらいの感動を蛇つなぎ石には覚えます。
鎖状の縞模様に近寄ってみます。
自然石でありながら、単なる自然石を超えた何かを感じずにはいられません。
蛇つなぎ石には注連縄が張られていませんでした。
謎に満ちた香具山のパワーストーンを前に、しばしの間時を忘れて立ち尽くします。
天香山神社の北東方向には「鎌とぎ石」という石も存在しているようです。その他にも、七ツ石・オイッコ石と呼ばれる石もどこかにあるようです。今回はその場所を突き止めることができませんでしたが、いつかこの目で見てみたいと思います。
さらに香具山から北東方向に足を向けると、御厨子神社というお社があります。
その拝殿向かって右前には、裂け目のある月輪石(つきのわいし)が鎮まります。真っ二つに裂けた巨石はとても印象的で、根裂神・石裂神とも呼ばれており、古代からの磐座信仰の名残が感じられます。
古来、埴土(はにつち)や波々迦(ははか)を用いて凶事を占い、倭国の物実(ものざね)の山として崇められた天香久山。その山中に伝わる巨石は、今も私たちの胸を打ちます。