畝傍山西麓の安寧天皇陵

第三代安寧天皇の陵をご案内致します。

天太玉命神社にお参りした後、国道166号線の五井町交差点を右折します。そのまま南へ進み、寺田町、慈明寺町を過ぎて吉田町へ入ります。高取川に架かる短い橋を渡ったりしながら、目的地の安寧天皇陵に辿り着きました。

安寧天皇陵

安寧天皇陵。

畝傍山西南御陰井上陵(うねびやまの ひつじさるの みほどのいのえのみささぎ)と記されています。奈良県橿原市吉田町にある山形墳です。

畝傍山の西麓はあまり足を運ぶ機会がないのですが、橿原運動公園や総合プールにも程近い場所です。近鉄南大阪線の橿原神宮西口駅にも近く、駅から徒歩7分ほどで安寧天皇陵にアクセスすることができます。

欠史八代の天皇陵

第3代安寧天皇は歴代天皇の中でも、欠史八代の天皇の一人に数えられます。

古事記や日本書紀に系譜の記載はあるものの、事績の記述が見当たりません。実在の疑われる天皇ですが、立派な天皇陵が畝傍山の麓に佇んでいました。

安寧天皇陵

どこの天皇陵にも見られる外観です。

御陵の手前に、宮内庁のお達しがあるのもお馴染みの光景です。

第3代安寧天皇陵の道標

第三代安寧天皇陵の道標。

天皇のお墓は英語で、mausoleum って言うんですね。辞書を紐解いてみると、「壮大な墓、霊廟、陵」と出ていました。

安寧天皇陵の陵号である「畝傍山西南御陰井上陵」ですが、その由来になった古井戸が今に伝えられます。「御陰井」と呼ばれる古井戸なんですが、陵から南方の集落中にあり、御陵と共に宮内庁によって管理されています。

畝火山口神社の看板

安寧天皇陵前の道沿いに畝火山口神社の立看板がありました。

この看板の脇に駐車できるスペースがあったので、ここに車を停めて安寧天皇陵を見学します。畝火山口神社では神前結婚式も行われているようですね。

安寧天皇陵の道標

安寧天皇陵からさらに300mほど行くと、第四代懿徳天皇陵があります。

橿原神宮の神饌田からも程近い場所に佇む懿徳天皇陵ですが、徐々に今居る場所が頭の中でイメージされました。ここからだと、橿原神宮まで十分に徒歩圏内のようですね。

安寧天皇陵

宮内庁のお達し。

畝傍山口神社と対峙する形で佇む安寧天皇陵。

畝傍山の西の登山口にも近く、登山の前後に訪れることもできます。大和三山の中では一番高い山とはいえ、その標高はわずか199mです。ちょっとしたハイキング気分で登れる山ではないでしょうか。

安寧天皇陵

安寧天皇陵へ続く参道。

安寧天皇の父は第二代綏靖天皇、母は五十鈴依姫命とされます。また、その皇居は片塩浮孔宮(かたしおのうきあなのみや)と言われ、大和高田市の石園座多久虫玉神社境内に「片塩浮孔宮阯」碑が建てられています。

安寧天皇陵

天皇陵の前に立つと、独特の緊張感が生まれます。

畝傍山登山におでかけの際は、是非その西麓にある安寧天皇陵を訪れてみましょう。

<欠史八代の天皇陵>