奈良観光

龍神出現の井戸!談山神社の閼伽井屋

談山神社境内の北西隅にある閼伽井屋(あかいや)。異形の七福神・福禄寿を祀る総社拝殿の向かって右奥に当たります。多武峯には古来より、水の信仰が伝わります。末社・龍神社には談峯龍神像(だんぽうりゅうじんぞう)が祀られていたようです。談山神社の閼...
古事記 日本書紀 万葉集

雲隠るの意味

大津皇子の辞世句が御厨子観音の参道手前にあります。非業の死を遂げた大津皇子ですが、その万葉歌の中に「雲隠る(くもがくる)」という言葉が使われています。大津皇子の万葉歌碑。歌碑の背後には、古代磐余池の跡地が広がっていました。万葉歌碑のある場所...
奈良観光

天理市の石上市神社

天理市石上町の石上市(いそのかみいち)神社。古代に賑やかな市のあった場所とされます。西名阪自動車道天理ICから南へ300mほどの場所に鎮座しています。上ツ道のわずか東側に位置し、在原神社の南方に当たります。石上市神社から東へ道を辿れば、旧社...
奈良観光

鹿角の菊座

奈良公園の鹿を観察していると、雄鹿の頭部に白く丸いものを見つけます。鹿の角切りの後によく見られる菊座(きくざ)という部分ですね。雄鹿の菊座。鹿の角切りは、毎年10月に鹿苑において催されます。行事内で切られる角はごくわずかですが、鹿愛護会の方...
日本語の意味

シテとアドの語源

能や狂言の世界には「シテ」と「アド」が存在します。シテは「仕手・為手」と書き、能または狂言の主役を意味しています。中入(なかいり)のある場合は、前場の主役を「前ジテ」、後場の主役を「後(のち)ジテ」と表現します。その一方で、シテに対する脇役...
古事記 日本書紀 万葉集

大神教本院の三柱鳥居

大神教本院の三柱鳥居をご案内します。三柱(みはしら)鳥居は笠木が井桁状に組まれ、三方向から拝むことのできる鳥居です。特異な格好をした鳥居で、太秦の蚕ノ社にある三柱鳥居がよく知られています。東京都墨田区向島の三囲(みめぐり)神社にもあるようで...
京都観光

太秦のパワースポット!蚕ノ社の三柱鳥居

不思議な三本足の鳥居。世にも奇妙な鳥居が京福電鉄嵐山線の蚕ノ社にあります。広隆寺の鐘を見学した後、新霊宝殿に収められた国宝・重要文化財の仏像群を鑑賞し、今回の旅の目的である蚕の社へ向かいます。広隆寺から蚕ノ社へ徒歩でアクセスしたのですが、所...
奈良観光

慶運寺裏古墳を見学

桜井市箸中にある慶運寺裏古墳を見学して参りました。場所はホケノ山古墳のすぐ近くです。箸墓古墳の後円部から檜原神社方向に取り、かまぼこ型踏切を越えて国津神社を左手に見ながら東進します。しばらくすると、ホケノ山古墳の案内板が見えてきます。そこを...
奈良観光

龍田大社の両部鳥居

鳥居の種類にも色々ありますが、両部鳥居は一際目を引きます。両部鳥居とは、柱の前後に控柱(ひかえばしら)を設け、本柱と控柱との間に貫を付けたものを言います。両部鳥居は、真言宗の両部神道に由来するもののようです。龍田大社の両部鳥居。生駒郡三郷町...
奈良の仏像ガイド

喜光寺南大門の金剛力士像

行基創建の喜光寺。古来、喜光寺周辺は菅(すげ)の茂る原野だったと伝わります。この地に住んだ土師氏は、「菅原の里」と呼ばれた地名にちなんで菅原姓に改称したそうです。お寺の名前も、当初は菅原寺と呼ばれていました。喜光寺南大門。まだ真新しい門に見...
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