奈良市登大路町の奈良県立美術館を見学して参りました。
道路を挟んで県庁の北側に位置しており、周囲には奈良県文化会館、奈良県婦人会館、奈良地方裁判所などがあります。行政・司法・文化施設が集うエリアにある美術館ですが、入館したのは今回が初めてでした。
真田丸関連企画展「蕭白・松園・・・日本美術の輝き」~美人画、武者絵から刀剣、近代の銘品まで~と題する展示が行われており、奈良県内のミュージアム巡りが楽しめる “たびたびパスポート” を提示して館内へと足を踏み入れます。
19世紀江戸時代の筥迫(はこせこ)。
婦人が懐に挟んで持つ装身具、それを筥迫(はこせこ)と言うそうです。そもそも筥迫とは ”筥狭子” のことで、幅の狭い箱を意味しています。地名などに見られる迫(さこ)なども、山間の道が狭くなったエリアを指しますよね。そんな筥迫ですが、こじゃれた装いで江戸のファッションコーナーに展示されていました。
綾杉肌が美しい月山の刀
奈良県立美術館の館内は1階と2階に分かれており、2階から先に見て回る順路になっていました。
序章から第1~5展示室までが2階で、階下の1階部分には第6展示室、和室展示室、ギャラリー(連携展示)が配されます。順不同になりますが、まずは印象に残った展示品からご案内して参ります。
奈良県立美術館の外観。
近鉄奈良駅を降り立つと、東大寺方面へと登大路が伸びています。登大路を東へ進み、県庁の手前で少し北へ入り程なく右手に現れるのが奈良県立美術館です。建物の手前に、現在展示中の企画展が案内されています。
館内1階の第2展示室にディスプレイされていた筥迫。
上方の美人画が展示される近くに服飾コーナーがあり、そこに縦8cm・横16.5cm・幅4.2cmの薬玉文様筥迫(江戸時代)が展示されていました。
「筥迫」とは、主に武家女性が外出や礼装時に胸元に入れて携帯した小物入れのことで、その語源は「幅の狭い箱」であるとされます(「嬉遊笑覧」喜多村信節著1830年)。紙芯を羅紗やビロードなどの裂で包んで仕立てたものに、刺繍や切り付け(アップリケ)を施して、「胴締」という帯状のもので蓋を閉じる構造です。胴締の紐の先についている匂い袋には、帯に挟んで落とさないようにする機能もありました。
筥迫には匂い袋も付いていたのですね。なるほど、合理的な用途にもなっていたようです。
2階の第3展示室入口に展示される月山の刀剣。
こんなに間近に月山の刀を拝見するのは初めてです。
山の辺の道の狭井川の畔へ行けば、刀工・月山の仕事ぶりが学べる月山日本刀鍛錬道場記念館があります。大神神社の境内からも歩いてすぐの場所なので何度か訪れたことがあります。しかしながら、開館日が土曜日のみということで、なかなかゆっくり時間を取って見学したことがありません。灯台下暗しではいけないなぁと思っていた矢先に、月山の刀を鑑賞する機会に恵まれました。
綾杉肌と直刃の違いが図示されています。
形を連ねた模様を綾杉と言うわけですが、波打つ綾杉肌を見ていると、もうそれだけで日本刀の世界に引きずり込まれていきそうになります。ガラスケース越しではありますが、月山の刀を間近で見てその技術の高さに感じ入ります。
理屈抜きに格好いいですね。
刀匠の月山貞一は人間国宝に指定されています。
仏像や建築物など、国宝の保有数は奈良県が全国でも一番多いとされますが、人間国宝という存在もあることを忘れてはなりませんね。日本の伝統を体現する人間国宝の粋に酔い痴れます。
綾杉肌(あやすぎはだ)と直刃(すぐは)の組み合わせは月山伝の代名詞ですが、地金(じがね)の現れ方、刃の幅といった各要素と全体の姿の調和によって、それぞれの刀に奥深い魅力があらわれます。本作では鮮やかに浮かび上がる綾杉肌に、刃文との間に生じた緻密な鉄組織の変化(これを「匂口(においぐち)が締まる」という)が響き合い、冴えた印象を与えます。
あまりに専門的解説で、門外漢の私にはイマイチよく分からないのですが、匂口が締まるという鉄組織の変化はどのようなものなのでしょうか。少なくとも刀に冴えた印象を付与する変化です。おそらく刀鍛冶にとって、大変重要なプロセスになるのではないでしょうか。
武士の美意識をテーマとする第3展示室には、曾我直庵の「架鷹図屏風」も展示されていました。
紙本着色・押絵貼屏風で、桃山~江戸時代・17世紀の作品とされます。
曾我蕭白・上村松園の美人画
今回の企画展の目玉は美人画です。
普段の生活の中では、絵画鑑賞の機会はそう多くありません。絵の良し悪しも分かるわけではありませんが、全くの素人の目を通して感じられる何か。それを感じ取るだけでも大いに意義のあることではないでしょうか。
企画展の代表作品が掲示されていますね。
左から菱川友宣「楠公父子訣別図」、「伝 淀殿画像」、曾我蕭白「美人図」、上村松園「春宵」が並びます。
奈良県立美術館の玄関口で入館者を出迎えるせんとくん。
奈良県内のミュージアムでもすっかりおなじみのせんとくんです。明日香村の奈良県立万葉文化館は近いこともあってよく訪れるのですが、その玄関口にはいつもせんとくんが立っています。飛鳥の地ということもあってか、今は古代衣装に身を包んだ出で立ちが人気を呼んでいます。奈良県立美術館のせんとくんは上半身がはだけていますね、寒くないのかな(笑)
せんとくんの鑑賞ナビで美術館見学が始まります。
「蕭白、松園・・・日本美術の輝き」展にようこそ!
真田丸や天空の城、そして歴女から刀剣女子ブーム・・・。
昨今では、まるで戦国時代へタイムスリップしたかのように、武士の晴れ姿や日本刀の美が注目され、老若男女を問わず熱い視線が注がれています。
刀剣女子ブームなるものが到来しているのですね、それは知りませんでした。歴女の存在はマスコミを通して存じ上げているのですが、その興味の対象が日本刀にまで飛び火しているとは(笑) 大神神社の参拝客も増えているようですから、月山記念館の入場客数も増加の一途を辿っているのかもしれません。
当館にも三輪山登山を目的に宿泊される方が数多くいらっしゃいます。若い女性の姿も目立ちます。パワースポットブームに刀剣女子ブームと来れば、三輪山・大神神社界隈が一気に注目されること間違いなしですね。
曾我蕭白の「美人図」。
何と言っても、今回の目玉はコレでしょう。
何を口に咥えているのでしょうか?
絵の解説に目を移すと、破れた手紙をくわえているとのことでした。手紙?恋文なのでしょうか。何とも言えぬ妖しげな表情に目を奪われますね。この写真では下半身が見えませんが、実際の絵には乱れた裾の間から覗く赤い裾除(すそよけ)と白い足が描かれています。”中傷を受けて川へ身を投げた云々・・・” という解説文も気になるところです。
江戸時代中期の画家で特異な輝きを放つ曾我蕭白(そがしょうはく)と、近代日本画を代表する上村松園(うえむらしょうえん)の美人画の登場です。
「美人図」の表現に「奇想」を込めた蕭白、一方の上村松園は「春宵(しゅんしょう)」、「明治初期風俗十二月」を「理想美」で捉えました。18世紀江戸時代と昭和初期という約150年の時空を超えた美の共演ですが、人体をデフォルメ(変形、歪め強調)して生まれる蕭白の妖艶さと、人の仕草、表情を慈しみの視線でとらえた松園の優美さから、美人画表現の多彩さと深さ、そして抒情性に富む日本人の美意識をうかがうことができます。
男性絵師(蕭白)と女性画家(松園)が抱く「美人画」へのこだわりと、対象を見つめる視線の違いにもご注目下さい。
曾我蕭白が男性で、上村松園は女性なのですね。
王道の松園に対する、覇道の蕭白といった対比にもなるでしょうか。男性目線の美人画と女性目線の美人画とでは、確かに決定的に違うものがあります。それぞれに表現された絵から、実に様々なものが読み取れるような気が致します。
上村松園の「春宵」。
なるほど、蕭白の絵画に比べればソフトタッチな印象を受けます。上品な感じが万人受けするものと思われます。
遊郭の吉原も屏風になって登場です。
床入のシーンが描かれているようですね。
菱川師宣が率いる菱川派は、美人画や吉原風俗図を手がけました。吉原での遊興を主題とするこの作品は、師宣の活躍期の内、延宝(1673~81)後期~天和(1681~84)期に師宣の工房で描かれたとされます。右3扇は床入(とこいり)、廊下、遊興費の支払いが描かれ、蚊帳や柳の状態から夏の景、左3扇は廊下と相部屋での床入が描かれ、庭の秋草から秋の景と思われます。
菱川師宣(ひしかわもろのぶ)と言えば、浮世絵の新領域を開拓した人物として知られます。日本史の教科書でもすっかりおなじみで、名前を聞けばすぐに思い出す人も多いのではないでしょうか。
現世の人生苦を表す「憂き世」が、江戸時代に一転して「当世風」「今様」「世間」といった意味で用いられるようになります。万物流転、栄枯盛衰、生者必滅のこの世はどうせ憂き世、同じ憂き世なら楽しんでしまえというわけでしょうか。そんな世の中の空気に担がれて、浮世絵師は活躍の場を広げて行きました。
17世紀江戸時代の菱川派による「吉原遊興図屏風」。
横長の屏風仕立てになっており、物語風に廓の世界が展開していきます。
18世紀江戸時代の「遊君禿図(ゆうくんかぶろず)」。
作者の名前は、川又常正とされます。
禿(かぶろ・かむろ)とは、要するに禿(はげ)のことで頭髪の無い様を言い表しています。昔は幼童の髪を短く切りそろえて垂れたもの禿(かぶろ)と言ったそうで、遊女の使う10歳前後の少女も禿(かぶろ)の名で通っていたようです。
まだあどけない少女ではありますが、成長して遊女への道を進むことになります。遊里において、禿(かぶろ)から仕立て上げられた遊女を禿立(かぶろだち)と言ったそうです。
遊女が禿(お付きの少女)を連れ、客の応接をするため揚屋(あげや)へと向かう様子を描いています。整った顔立ちや華奢な体格は、鈴木春信らによる明和年間(1764~72)の美人画の先駆的な表現です。
遊女屋(置屋)から遊女を招いて遊ぶ家のことを揚屋(あげや)と言います。
揚屋入(あげやいり)は一つの儀式と捉えられており、盛装して高下駄を履き、八文字を踏み、若衆・新造・禿(かぶろ)等を従えて華美な行列で練り歩いたと言います。
19世紀江戸時代の一富士二鷹三茄子文様の櫛・笄(こうがい)。
初夢の縁起担ぎで知られる一富士二鷹三茄子。広い裾野を持つ富士山が見事にデザインされていますね。
江戸時代のファッションも見ていて飽きません。
温故知新とよく言いますが、先鋭的なファッションセンスも意外と古い時代のものに磨かれることもあるのではないでしょうか。人の営みは脈々と続いていくわけですが、基本的に人間の考えることは同じです。同じ過ちを繰り返しながら発展していくものです。そう、歴史は繰り返すのです。
婚礼衣裳などにも流行り廃りがあって、何年かの周期を経てまた元の所へ返って行くと聞いたことがあります。
館内の展示室には、こんな感じの椅子が用意されていました。
少し歩き疲れたら、ここで展示会出品リストでも広げて寛ぐのもいいでしょう。近くにはスタッフの方もいらっしゃいますので、作品についてあれこれと聞いてみるのもオススメです。
月山刀剣コーナーの第3展示室を抜けると、ビデオ鑑賞の場が設けられていました。
刀工の冴えわたる技が、画面を通して語られます。
今見て来たばかりの月山の刀ですが、その刀作りの工程が細やかに切り取られていました。作業中の手元にまで近づくカメラ画面に、思わず息を呑んで見入ってしまいます。
ビデオ鑑賞コーナーの背後を振り返ると、階下が見渡せます。
なるほど、こういう構造になっているのですね。映像を通して月山の刀作りを見学し終え、そのまま1階へと下りて行きます。
1階の和室展示室にあった虎の絵。
これは迫力満点です!
真田丸なりきり体験と大和の城
今回の展示では、「大和の城と城下町」と題する連携展示も行われています。
美術館1階のギャラリーに於いて、大和郡山市、宇陀市、高取町による連携展示を観覧無料で見学することができます。
高取城の城下町へは昨秋に訪れたこともあり、今回の見学ポイントとして事前にチェックしておきました。城を特集したTV番組も組まれる中、城好きの歴女も増えているのでしょうね。
「兜をかぶって陣羽織を羽織り、戦国武将になりきって記念撮影をしませんか?」
真田丸なりきり体験のポスターが壁に貼られていました。
体験は無料ですが、観覧券は必要なようです。真田家の家紋・六文銭も描かれていますね。
壁際になりきり体験の武具がスタンバイしています。
係の方が常駐なさっていますので、トライしてみたい方は是非どうぞ。
立派な兜ですね。
小さい頃に折り紙で「兜」をよく折ったものですが、確かによく似た形をしています。本物の兜に対して失礼ですが(笑)
角度を変えて見てみても、実にクールな印象を受けます。
これは外国人観光客の方々にウケること必至ですね。
火縄銃も置かれていました。
赤い毛氈の上に展示される火縄銃ですが、れっきとした本物です。
「是非持ち上げてみて下さい」
係の方に促されるまま、両手で火縄銃を持ち上げます。ズッシリと重みが伝わってきます。こんなに重いものを持って、俊敏に動かなければならない戦場に赴くのかと思うと気が遠くなります。昔の人は偉かった、素直にそう思える瞬間です。
火縄銃が解説されていました。
火縄銃は、高取町下子島在住であった永井家の土蔵に保管されていたものを、平成26年に高取町に寄贈されたものです。築造は幕末期で、堺製であることは分かっています。
この火縄銃が天誅組の変やその他の戦いで使用されたかどうかは不明。
1階のギャラリー「大和の城と城下町」~往時の面影をしのぶ~。
ミュージアムショップの隣に、明るい照明に照らし出された特設コーナーが設けられていました。ここのお城コーナーは観覧無料で、チケットを持っていない一般客にも開放されています。
鬼瓦や象形瓦製品が展示されていました。
それにしてもこの象形瓦、見た目のインパクトが絶大です(笑)
ところで、関西エリアのお城でつとに有名なのが秀吉の大阪城ですよね。
畿内ではその大阪城を中心として、畿内全体が惣構えを形成していたようです。畿内の諸城が手を取り合い、皆で大阪城を守る体制が整っていたということですね。
大和に目を移せば、郡山城、宇陀松山城、高取城の三城が惣構えの中心的役割を担っていました。国中を押さえる郡山城、吉野を押さえる高取城、そして東国に対する最前線の役目を担ったのが宇陀松山城とされます。
象にしては耳や鼻が小さいような気も致します。
デフォルメされているのかもしれませんが、夢を食べるという獏(ばく)の姿ともどこか重なります。
ミュージアムショップで販売されていたフリシカ家族。
美術館見学を一通り終え、こんなに可愛らしい商品を目にすれば、思わず財布の紐も緩むというものです(笑)
スタッフの方が座っていらっしゃるのかとも思いましたが、微動だにしないところを見ると展示品ですね。
戦場で指揮を執る武将の姿でしょうか。
美術館の出口近くにあった休憩室。
こんなスペースも用意されているんですね。
自動販売機も設置されていて、喉を潤すこともできます。
休憩室の片隅には図書閲覧コーナーもありました。
時間の余裕が無かったので今回は素通りしてしまいましたが、美術関連の書籍が並んでいたのかもしれません。やはり美術館巡りはゆったりと楽しみたいものですね。次回訪れる時は、ここの休憩室でも小一時間ぐらい過ごしてみたいと思います。
<奈良県立美術館>
- 住 所:奈良県奈良市登大路町10-6
- 開館時間:9時~17時(入館は16時30分まで)
- 休館日 :月曜日
- 観覧料 :一般400円 大・高生250円 中・小生150円 65歳以上の方や外国人観光客・留学生は観覧無料
- アクセス:近鉄奈良駅1番出口から徒歩5分 JR奈良駅から奈良交通バス「県庁前」下車すぐ