井行元の五輪塔地輪@大宇陀春日神社

石大工の伊派

東大寺再建のために来日した宗の石工・伊行末(いぎょうまつ)の流れをくみます。

その伊派に属する井行元(いのゆきもと)の手掛けた水鉢が、大宇陀の春日神社境内にありました。

井行元の水鉢

春日神社の水鉢。

水鉢とは言っても、元は五輪塔の地輪(ちりん)として造られたようです。

五輪塔の中でも、一番下の土台になる部分ですね。地輪の形は決まっており、六面体の方形です。

五輪塔は仏教で言うところの地水火風空の五大を表しています。地輪は五大の中の「地」に当たり、色で表せば黄色です。九星で表現するなら五黄土星といったところでしょうか。

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宇陀市指定文化財の地輪

伊派のハシリとなる伊行末は、般若寺十三重石塔や東大寺南大門の石獅子(いしじし)を制作しました。伊行末の流れをくむ石工たちはそれぞれ伊・猪・井姓を名乗り、奈良文化圏を中心に活躍したと言います。

五輪塔地輪の案内板

五輪塔地輪の案内板。

五輪塔の地輪をくり抜いて水鉢としている。花崗岩製で縦横69.5cm、高さ4cmを測る。側面には次の銘文が刻まれている。

「南無当 来導師 弥勒仏」
「正応4年辛卯月27日 為廉巌聖 霊起立之 子息各敬白」「大工井行元」

「大工井行元」は、鎌倉時代の東大寺再建に関わった宋人石工・伊行末の後裔である。多武峯談山神社の十三重石塔にも「行元」銘が見られ、大和南部に活動基盤を有した石工と考えられる。

本地輪は鎌倉時代の形態を良く示しており、水輪以上が失われているが、復元すると高さ約180cm前後の大きな塔になる。伊派石工の作品として貴重である。

井行元は談山神社の十三重石塔も手掛けたようですね。

談山神社の境内から少し外れた場所にある淡海公(たんかいこう)十三重塔は、藤原不比等の墓と伝わります。

五輪塔地輪

地輪の上には、球形の大きな石(水輪)が乗っかっていたはずです。

この窪みにすっぽり入る球形ですね。

水輪より上の、水輪(球形)、火輪(三角錐)、風輪(半球)、空輪(宝珠)は既に全て失われています。

そうすると、この地輪の窪みにある丸い石は何なのでしょうか?一番上の宝珠型の空輪に見えなくもありませんが、説明書きから察するに違うようです。

春日神社の五輪塔地輪は、宇陀市指定文化財になっています。

鎌倉時代の伊派の流れをくむ名作ですね。