近鉄奈良駅から北へ2分ほどの場所にある中筋(なかすじ)神社。
鎮座地の住所も奈良市中筋町です。
きたまちエリアの入口付近に小さな境内を構えていました。
中筋神社の社頭。
朱色鳥居から奥へ拝舎、本殿と続きます。
道の角に建っており、立地的にも目立ちます。境内は玉垣とブロック塀に囲われていました。
木花開耶姫命を祀る中筋神社
中筋神社の御祭神は木花開耶姫命(コノハナサクヤヒメ)です。
天孫瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)の妃に当たる神様ですね。
美女で知られたコノハナサクヤヒメですが、火の中で子供を産んだ安産の神様として崇められます。中筋神社の案内板にも、「子授神、子守神」と記されていました。
中筋神社の案内板。
承安2年(1172)興福寺華林院初音僧正が吉野山勝手神社を同院の南庭に奉祀、勝手神社といわれていた。
その後、2度の兵火に遭ったが、明治12年独立して中筋神社と称するようになった。
昭和18年3月、荒廃していた社殿を新築、氷室神社の境外社として奉祭されている。
例祭 毎年9月1日
かつては勝手神社と呼ばれていたようです。
日本に数多ある神社ですが、それぞれに長い歴史の中で変遷を遂げているようですね。氷の神様・氷室神社の境外社がこんな離れた場所に祀られていたとは驚きです。
拝舎から本殿を拝みます。
注連縄に四つの紙垂が下がっていますね。
コノハナサクヤヒメを語る上で、必ず登場するのが姉の石長比売(いわながひめ)です。
美女と醜女の対比で語り継がれる姉妹・・・その父に当たる大山祇命(オオヤマツミノカミ)は、コノハナサクヤヒメに姉を添えて嫁がせます。天孫に対し、二人を送り込んだ意図はこうです。
コノハナサクヤヒメは「花」を象徴し、花の咲くように栄えることを願いました。そして「岩」を象徴するイワナガヒメを添えることで、岩の如く天孫の寿命がいつまでも続くことを願ったのです。しかしながら、その意図に反し、醜いイワナガヒメは送り返されてしまいます。
天孫の寿命が短くなったと言われる所以です。
天孫の子を身籠ったコノハナサクヤヒメですが、あろうことか契りを結んだ相手(天孫)に懐妊を疑われます。意を決したコノハナサクヤヒメは火中で出産するという誓約(うけい)を行ったのです。
木花開耶姫は今も、安産・子授けの神様として信奉されています。