阿紀神社のパワースポット高天原

元伊勢の誉れ高い阿紀神社。

天照大神を奉じるため、倭姫命は様々な場所を転々として伊勢の地に落ち着いたと言います。

現在の阿紀神社にも天照皇大神は祀られていますが、現社地に遷座する前のパワースポットが残されていました。

阿紀神社高天原

阿紀神社旧社地の高天原

阿紀神社から川を挟み、南へ50m余りの場所に旧社地があります。

こんもりとした丘陵を少し登って行くと、一段高い場所が設けられていました。ここがどうやら神聖な高天原のようです。

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『倭姫命世記考』に見る神戸大神宮

阿紀神社のことをかつては「神戸(かんべ)明神」、「神戸大神宮」などと称していました。

阿紀神社が鎮座する阿騎野エリアは、神武東征時の ”必勝祈願の地” であったとも伝わります。

日向を出発した神武天皇は、浪速の戦いで長髄彦の軍に敗れます。その後熊野へ迂回し、陸路熊野の難所を北上して阿騎野を前進基地と定めました。そこにアマテラスを祀り、必勝祈願をして、朝陽を背に国中(くんなか)へ進攻したと伝えられます。

阿紀神社本殿

阿紀神社本殿(現社地)。

崇神天皇の命を受けた倭姫は、アマテラスの鎮座地を阿騎野の照巣(てれす)に定め、4年間の奉祀を行いました。その後、持統天皇が照巣から現阿紀神社の前山へとお遷しになられました。持統天皇は、自身の名前「高天原廣姫」にちなんで「高天原」と名付けたと言います。

阿紀神社高天原

高天原の入口付近。

阿紀神社から少し離れた場所にあります。

高天原の案内板

大宇陀観光協会の案内板がありました。

高天原(たかまがはら)は神々のおすまいになられる処、または御降臨なさる処で、古来より最も神聖な場所とされています。

此処は阿紀神社の旧社地で、平安時代に現社地に御遷しするまではこの高天原で天照大神様をお祀りしていました。

第41代持統天皇(天武天皇のお后様で、天智天皇の第二皇女 在位686年~697年)は壬申の乱の折り、大海人皇子(後の天武天皇)と幼い草壁皇子と共に吉野から阿騎野を通り東国へ脱出なさいました。

その時の思い出深い阿騎野のこの山に、ご自分の和風名「高天原廣姫(たかまがはらひろのひめ)」にちなんで高天原と名付けられ、照巣(てれす;現大宇陀本郷)の地より天照大神様を此処に御遷しなさいました。

阿紀神社の高天原

パワースポット高天原の道案内。

神戸大神宮と付されていますね。

高天原の標

途中に立つ標。

「御遷座の径 杉落葉樫落葉」と記されています。

高天原アクセスルート

木の標からさらに上がって行くようです。

辺りに人影はなく、水を打ったように静かです。

高天原の道案内

またまた矢印が現れました。

観光協会の皆さん、ご親切にありがとうございます。

阿紀神社の高天原

目の前に、石垣の組まれた一段高い場所が出現。

どうやらここが高天原のようです。

阿紀神社の高天原

本当に何もありません。

鬱蒼とした木々に囲まれ、時が止まったような空間が支配します。

阿紀神社の高天原

足元に石の囲いがありました。

何かの結界が張られているのでしょうか。

阿紀神社の高天原

特定すべきものは何もなく、ただただ静寂に包まれています。

ボンヤリと持統天皇がこの地にお遷しになられた歴史に想いを馳せます。

高天原の帰り道

高天原からの帰り道。

道路から小丘陵へ分け入り、3分ほどで高天原に辿り着きます。

そんなに山深い場所ではありませんので、十分に光は届いています。途中で少し心細くなりますが、あなたも是非高天原まで足を延ばしてみましょう。