興福寺には山号がありません。
南都七大寺には不思議と山号がないため今まで気にも留めていなかったのですが、興福寺にはそれなりの理由があるようです。比叡山延暦寺や高野山金剛峰寺などに見られる山号はよく知られるところですよね。奈良の興福寺にも月輪山(がつりんざん)という山号が付けられていたようです。
そして、その山号額が埋められている場所が茶臼山と呼ばれる額塚です。
額塚のある場所は興福寺不動堂の南側です。左奥に見えるのが再建中の中金堂で、右手には興福寺五重塔を望みます。ちょうどこの日は不動堂にて護摩供養(護摩焚き)が行われていました。
不吉な水の縁を鎮めた額塚
興福寺の山号額は南大門に掲げられていました。
興福寺南大門は今、復元を目指して基壇発掘調査などが行われています。現代の私たちがその大きな門を目にすることはできません。南大門跡には薪御能の舞台となる般若の芝が残されており、昔の芸能を楽しむことができます。
南大門の基壇下で、ちびっ子たちの空手練習が行われていました。
遥かに歴史は遡り、天平宝字8年の5月へとタイムスリップします・・・
興福寺南大門の芝生に、あろうことか突然大きな穴が出来たそうです。そこから洪水が噴出し、往来が困難になったと伝えられます。無風状態なのに樹木が倒れたりしたこともあったようです。困り果てた興福寺山内でしたが、とある僧の霊夢に「月の字は水に縁ある為なり」とお告げがありました。月輪は水に縁のあるものであるから、水が出る。つまりこれを取り下ろせば良いのではということになり、山号額を取り外すことになりました。その後は無事に禍(わざわい)も収まり、その発端となった山号額は茶臼山に埋められたという逸話です。
不動堂の傍らにあった干支絵馬。
今年は酉年です。親子鶏とザクザクの小判が描かれていますね。福袋の中には打ち出の小槌も収められていますが、気になるのはその横の赤い枝毛のような物体です(笑) ひょっとすると鹿の角がデザインされているのでしょうか。何だかよく分かりませんが、そこがまた興味をそそります。
※記事のアップ後、ツイッター経由で教えて頂きました。金銀珊瑚綾錦と言って、財宝の象徴ではないかということです。@kasuga_sando221さん、どうもありがとうございました!
ありがとうございます。財宝のシンボルですか!唱歌「桃太郎」にも唄われているとか・・・初めて知りました。教えて頂いて有難うございます(^.^) https://t.co/TpFW0xuoK0
— 奈良の大正楼 (@nara_yado) 2017年1月12日
南円堂の藤棚の下に括り付けられるおみくじ。
八角形の美しい南円堂前にも、たくさんの参拝客がいらっしゃいました。南円堂には国宝仏の不空羂索観音坐像が安置されています。須弥壇四方にも国宝指定を受ける四天王像が配され、仏像好きにとってはこの上ない空間が広がります。そして、南円堂に向かって左手前の目立たない場所に額塚はあります。
フェンスに囲われた額塚。
額塚を背後から撮影しています。不動堂の裏手と南円堂の屋根が見えています。
高さ2mほどの芝生の茶臼山。
ここにかつての山号額が埋葬されているかと思うと、歴史ロマンが広がります。
奈良県内でこんもりした丘陵を目にすれば、これもまた古墳なのか?と反射的に反応してしまうのですが、人間が埋葬されているわけではありません。しかしながら、興福寺の額塚も一種の古墳のようなものなのかもしれませんね。
不吉な過去を葬り去った興福寺の歴史をここに見ることができます。