興福寺五重塔・三重塔の同時開扉!仏像・板絵の公開

興福寺を代表する建築物の五重塔と三重塔。

この2つの塔が初めて同時開扉されました。実はそれぞれの初層開扉の際、興福寺まで足を運んで見学したことがあるのですが、同時開扉は初体験です。記念すべきイベントだったので、この機会に参加することに致しました。

興福寺五重塔

興福寺五重塔

東金堂前には特設舞台が設置されていました。野村萬斎さんらが出演する「狂言と平家物語の夕べ」と題するステージです。興福寺国宝特別公開の記念イベントのようです。

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曼荼羅風に四仏を配置する五重塔初層

仏像オールスターズの様相を呈する興福寺五重塔の初層。

東に薬師三尊像、南に釈迦三尊像、西に阿弥陀三尊像、北に弥勒三尊像が安置されていました。

そもそも五重塔の「塔」は、お墓などに立っている卒塔婆の「塔」と同じ意味を持ちます。梵語のストゥーパが音訳されて、「卒塔婆」という言葉が生まれています。高く顕れるという意味を持つストゥーパ・・・インドの原初のストゥーパは土饅頭の形をしており、釈迦の遺骨を埋めて礼拝する目的で造られました。三重塔や五重塔にも釈迦の舎利(遺骨)が納められていることから、その由来を辿ることができます。

興福寺五重塔内陣

国宝五重塔内陣に祀られる薬師如来坐像。

向かって右側には日光菩薩坐像、左側には月光菩薩坐像が祀られます。薬師如来は初層内陣の東の方角を守る仏様ですね。心柱の周りをそれぞれ四仏が守護する格好です。薬師如来の右側で、光背を背にする仏様はおそらく弥勒如来坐像でしょう。

薬師三尊の脇侍は日光・月光で、釈迦三尊の脇侍は文殊・普賢、阿弥陀三尊の脇侍は観音・勢至とここまではよく知られているのですが、意外と北の守護神・弥勒三尊の並びはご存知でない方も多いでしょう。弥勒如来坐像の向かって右側は法苑林菩薩坐像、左側が大妙相菩薩坐像と言うようです。法苑林菩薩(ほうおんりんぼさつ)と大妙相菩薩(だいみょうそうぼさつ)。あまり聞き慣れない菩薩様ですよね、これを機に覚えておきましょう。

興福寺国宝特別公開

興福寺特別公開の券売所が案内されていました。

当日は生憎の雨模様でした。看板左奥に見えている工事中の建物は興福寺中金堂です。五重塔前には普段は見られない竹の柵が設けられています。ここで一旦、心理的なバリアが張られているのでしょう。

国宝特別公開のチケット売場

国宝特別公開の券売所。

五重塔前にテントが張られています。簡易チケットカウンターには、興福寺をモチーフとした記念グッズが販売されていました。いつもならクリアファイルなり絵葉書なりを購入するのですが、悪天候のために断念しました。傘を差しながら手荷物が増えるのはやっかいですからね。

五重塔・三重塔同時開扉

五重塔と三重塔が並び建つ宣伝ポスター。

それぞれの国宝建築の上に白抜きで「塔」の文字が浮かび上がり、放射状に光が放たれています。

塔の中で最も重要な箇所は心柱(しんばしら)だと言います。心柱はそこに建っていると言うよりは、ぶら下がっていると聞いたことがあります。三手先斗栱や瓦屋根など、外からも見える部分が五重塔の美しさを表現しているのですが、それはあくまでも飾りに過ぎず「心柱こそが塔そのものである」・・・と。

興福寺五重塔

五重塔が英語でも案内されていました。

どうやら Five-storied Pagoda と翻訳されるようですね。

奈良時代唯一の燈籠基台と三手先斗栱

さぁ、いよいよ五重塔初層内陣へと参ります。

興福寺五重塔は天平2年(730)に、興福寺創建者である藤原不比等の娘・光明皇后により建立されています。その後、5回の焼失・再建を経て、応永33年(1426)頃に再建されたのが現在の五重塔です。

五重塔の燈籠基台

五重塔の手前にあった燈籠基台。

竹で方形の結界が張られていました。

五重塔の燈籠基台

燈籠基台の案内札。

燈籠を乗せる、花崗岩製の基礎で、丸い台の上に燈籠を乗せ、その周囲に八弁の蓮の花を彫り出す。奈良時代の雰囲気を強く伝える。

我が国に伝わる奈良時代唯一の燈籠基台。

この上に燈籠を乗せるのですね。

奈良時代唯一の燈籠基台ということで、その歴史の深さに感じ入ります。

興福寺五重塔の燈籠基台

向日葵のようでもありますが、八弁の蓮の花が彫られています。

この丸い台の上に石灯籠が乗せられていたようです。やはり石灯籠と言えども、地面に直接立っていたわけではないことを知らされます。

興福寺五重塔の三手先

五重塔初層の三手先組物

せり出しが三つ見られますね。

薬師寺東塔などにも施される三手先斗栱(ときょう)ですが、深い軒を支えるための建築法です。尾垂木を支えるための肘木が徐々に増え、三つになったものが三手先と呼ばれています。

興福寺五重塔の軒下

横からも確認できます。

初層特別公開では西側の扉が開けられており、一番最初に阿弥陀如来に手を合わせることになります。

何気ない連子窓の意匠にも目を凝らします。

興福寺五重塔の三手先組物

深く張り出す初層の屋根。

三手先斗栱は奈良時代より用いられる古様建築ですが、所々に中世的で豪快な手法も垣間見えました。

フェスティバル奈良『狂言と平家物語の夕べ』

ステージの脇にはずらりとパイプ椅子が並べられていました。

歴史ある国宝建築の傍で鑑賞する狂言です。きっと感動の舞台が繰り広げられることでしょう。

狂言と平家物語の夕べ

なるほど、この場所は「東金堂前庭」に当たるわけですね。

チケット料金は全席指定で7,000円(税込)です。公演チケットを持っていれば、公演当日に限り東金堂拝観が無料になるようです。いつかはこういう芸能舞台も楽しみたいものです。

興福寺東金堂

照明器具も準備万端ですね。

いつもとは違う東金堂前の風景に、少しテンションが上がってしまいました(笑)

五重塔の話に戻りますが、その高さは約50mにも達するそうです。

京都にある東寺五重塔が57mですから、それには及びませんが日本で二番目に高い塔です。かつて東大寺には、100mの高さを誇る七重塔が建っていたと言います。驚くほどの高さですよね!当時の技術で本当にそんなに高い塔が建築可能だったのか、論議の分かれるところですが ”歴史の謎” として語り継がれています。

板絵が見所の興福寺三重塔

五重塔初層を見学する前に、南円堂の西に建つ三重塔を目指しました。

康治2年(1143)に建立された三重塔ですが、現在の塔は鎌倉時代の作とされます。7月7日の弁天さんの縁日に訪れたばかりでしたが、再びのお詣りとなります。五重塔に比べて目立たない場所に建つ三重塔ですが、その初層は見所いっぱいです。

興福寺三重塔

国宝興福寺三重塔。

塔前に拝観受付のテントが張られていました。

五重塔は初層の中に入っての拝観でしたが、三重塔は扉の前からの拝観となります。まずは東の須弥壇に祀られる弁才天坐像十五童子像に手を合わせます。弘法大師勧請の伝承がある弁才天坐像ですが、そのお姿がとても印象的です。頭部に白蛇神を載せ、宇賀神と習合した姿をしています。

興福寺三重塔の注意書き

初層の周囲を回り込みます。

手の届きそうな所にいらっしゃる仏様ですが、決して触れることのないよう注意喚起がされていました。日本人観光客は習慣的に心配無用なのかもしれませんが、外国人観光客も多い奈良です。悪気はなくても、つい触れてしまう外国の方もいらっしゃるかもしれません。手に赤い斜線を引いたマークは分かりやすくていいですね。

国宝三重塔

高さ19mの国宝三重塔が案内されていました。

崇徳天皇の中宮皇嘉門院聖子が発願し、1143年に創建されましたが、1180年に焼失しました。その後、鎌倉時代に再建され現在に至っています。興福寺伽藍の中では、北円堂と並んで最も古い建物です。

興福寺国宝特別公開のチケット

同時開扉のチケット半券と、記念の手提げ袋。

数年前の興福寺国宝特別公開でも頂いた手提げ袋です。どうやら恒例となっているようですね。

興福寺三重塔の軒下

五重塔ほど複雑ではありませんが、巧みな組物が見られます。

建築の玄人ではありませんが、こういうものを見ていると奈良の歴史を感じます。

興福寺三重塔の六葉

六葉の中心から樽の口が出ています。

六葉に空けられた穴は猪の目でしょうか。

興福寺三重塔内陣のバーチャルリアリティ体験

初層内陣の彩色が再現されています。

拝観終わりの出口近くに掲示されていました。

興福寺三重塔バーチャルリアリティ
彩色再現 参照図
今回展示しているバーチャルリアリティ作品における彩色再現(図中の赤く示した部分)は、調査研究に基づき1992年に作成された下記資料を参照しています。
資料名:興福寺三重塔模写
作成者:山崎昭二郎氏、大山明彦氏(奈良教育大学教授)
所蔵 :国立歴史民俗博物館

興福寺三重塔内陣のバーチャルリアリティ体験

赤く塗られた部分の彩色が見事に蘇っていました。

それぞれの箇所がピンポイントで示され、当時の内陣の様子がよく分かります。板絵や復元天井などは圧巻の極みでした。特に板絵には特筆すべきものがあります。

初層内部の四天柱をX状に結ぶ板・・・。

その東方には薬師如来、南に釈迦如来、西に阿弥陀如来、そして北方には弥勒如来が各千体描かれています。手法こそ違えど、こちらにも五重塔と同じ四方仏が祀られています。

興福寺三重塔の弁才天坐像

興福寺三重塔の初層内部。

初層内部の四天柱をX状に結ぶ板の東方に薬師如来、南方に釈迦如来、西方に阿弥陀如来、北方に弥勒如来を各千躰描き、柱や天井には極彩色の文様が描かれています。

さらには、7月7日の弁才天供でも拝ませて頂いた弁才天坐像も解説されていました。

像高38.5cm 檜材/寄木造/江戸時代初期

興福寺の弁才天は、弘法大師が天川から興福寺に勧請したといわれています。現在の弁才天は旧世尊院伝来で、頭上には鳥居、白蛇の宇賀神をのせます。なお眷属に十五童子を従えています。

興福寺三重塔内陣

煌びやかな初層内陣。

地味な三重塔の外観からは想像もできない空間です。かつてはこんな極彩色の空間が広がっていたんですね。それまで知り得なかった興福寺三重塔の別の顔です。

興福寺三重塔の板絵

興福寺三重塔初層の板絵。

はっきりと見ては取れないのですが、そこがまた想像力を掻き立てます。

興福寺三重塔の板絵

板絵の色使いも鮮やかですよね。

内陣には浄土の景色や宝相華文なども描かれており、芸術的にも鑑賞価値があります。弁才天坐像にばかり目が行きがちですが、これからは四方仏の板絵にも注目してみたいですね。

興福寺三重塔の軒下

平成29年度の1年間は、興福寺国宝館が耐震改修工事のため休館になるそうです。

観光シーズンの春と秋に、仮金堂に於いて阿修羅像などが公開される予定です。興福寺と言えば、憂いを含んだ表情で人気の阿修羅像がよく知られます。興福寺の国宝の数は実に45を数えます。押しも押されもせぬ国宝の宝庫ですが、その中でも五重塔と三重塔の存在感は際立っています。

誰もが認めるところではないでしょうか。