葛城市の二塚古墳!大和盆地一望

横穴式石室を3つも抱える二塚古墳。

6世紀中頃の前方後円墳で、葛城山麓の寺口にあります。昭和53年に国の史跡に指定されており、奈良盆地を一望する場所に築かれています。古墳見学に訪れたのは夏の終わりで、墳丘の周囲には草木が繁茂していました。

二塚古墳の後円部横穴式石室

二塚古墳の後円部横穴式石室

三つ確認されている横穴式石室の中でも、中心を成す埋葬主体です。

南に開口する両袖式の横穴式石室のようです。開口部の前には石があり、そこをすり抜けて石室内を覗き込みます。残念ながら鉄柵でガードされ、中に入ることは出来ませんでした。

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前方部と造出部にも横穴式石室!タイプの違う埋葬空間

二塚古墳には後円部以外にも、前方部と造り出し部にそれぞれ横穴式石室が開口しています。

興味深いのは、三つとも形状の違う石室であるという点です。

後円部が両袖式であるのに対し、前方部は片袖式、造り出し部が無袖式とされます。規模や天井の構造もそれぞれに違いを見せています。

二塚古墳

葛城市の二塚古墳。

そそり立つような後円部です。

全長約60mの前方後円墳ですから、それほど大きな規模ではありません。高さは10mあり、前方部も後円部も同じ高さです。普段から箸墓古墳を見慣れているせいか、前方部よりも後円部の方が高く盛り上がっているのが普通だと思っていました。もし二塚古墳を真横から見れば、前方部と後円部の境目が分かりにくいのかもしれませんね。

二塚古墳から望む大和盆地

二塚古墳から望む大和盆地。

後円部から前方部へ向かうにつれ、視界が開けてきました!

大和盆地を一望する、見事な立地に築かれていることが分かります。

二塚古墳アクセスルート

寺口駐車場に車を停め、一路二塚古墳を目指します。

駐車場から葛城山の方へと上がって行きます。

二塚古墳の道標

しばらくすると、二塚古墳を案内する道標がありました。

ここを右折するようです。

十一面観音の置恩寺はもう少し下手のポイントを左折します。

布施城跡の道標

右折しないで、このままさらに西へ登って行くと布施城跡へアクセスします。

布施城跡まではあと1.2㎞と案内されていますね。また時間のある時にでも、登ってみようかなと思います。葛城市歴史博物館へ行けば、布施城の山城模型があります。興味のある方は、ミュージアムまで足を延ばされるのもいいでしょう。

博西神社

道標から東を見下ろせば、大和盆地の風景が広がります。

こんもりした社叢の先には、布施氏の氏神・博西神社が鎮座します。

二塚古墳道案内

右折してしばらく進むと、道案内の付いた折り返しポイントに出ます。

ここを左へ折り返し、さらに坂道を登って行きます。かなり急な坂道で、「急傾斜地崩壊危険区域」と書かれた標も立っています。駐車場からは5分ぐらいだったでしょうか、やがて右手に二塚古墳が見えてきました。

二塚古墳案内板

国指定史跡 二塚古墳 昭和53年12月27日文部省指定

葛城山の東麓、奈良盆地を一望のもとにおさめる地に築造された北向きの前方後円墳である。葛城山系から東にのびる比較的幅の広い尾根筋を切断し、自然地形をうまくとりこんでいる。

墳丘は全長60m、後円部径36m、高さは後円部・前方部ともに10mを計り、周囲に周濠に相当する幅約15mの平坦部が設けられている。埴輪は検出されていないが、墳丘表面には扁平な石材を用いた貼石が認められる。

昭和33年、奈良県立橿原考古学研究所によって発掘調査が実施され、横穴式石室が後円部の他、前方部と西側造り出し部にも構築されていることが確認された。中でも、後円部の石室は全長16.7m、玄室長6.7m、同幅2.98mの大型のものである。

後円部石室から金銅花形座金具をはじめ、馬具、鉄製武器、農工具、玉類、前方部石室から馬具、農工具、金・銀製中空玉、造り出し部石室から琥珀製棗玉(なつめだま)、鉄製武器、農工具の他、多量の須恵器、土師器が出土した。

墳丘の形態や石室の構造、出土品から6世紀中頃の築造と考えられ、古墳時代後期の前方後円墳の基準となる貴重なものである。

新庄町教育委員会

葛城市歴史博物館へ行けば、二塚古墳の出土品や墳丘模型のジオラマを見学することができるようです。

現在の所在地は葛城市寺口ですが、一昔前の行政区分では北葛城郡新庄町にあったことから新庄二塚古墳、あるいは銭取塚とも呼ばれています。

二塚古墳の横穴式石室

再び後円部の横穴式石室。

開口部の前に石が塞がり、その表面には草が繁茂していました。やはり夏は古墳探訪には向いていませんね。草木も枯れる冬期に訪れれば、もう少し見学もしやすいでしょう。

二塚古墳

もっと奥へ行こうとしたのですが、なにせ蜂やら蚊やらヒルやらで・・・躊躇してしまいました。

今回はこの辺りで良しとしましょう。

二塚古墳

手前まで近づき柵の間からカメラを入れれば、かなり鮮明に玄室空間も撮影できるのではないでしょうか。

奥壁も捉えることが出来るでしょうし、両袖式を確認することも可能だと思います。

そんなこんなで諦めて、墳丘の裾野を歩くことにしました。

二塚古墳

前方部へと向かいます。

今歩いているのは二塚古墳の周濠ということでしょうか。

幅約15mもの平坦部が続きます。

雨上がりだったためか、地面が濡れていて歩きにくかったです。造り出し部がどこなのか確認する余裕もありませんでした。さらに墳丘の中に入れば、前方部の横穴式石室も見られるのですが、そんなことよりも前方に開けているであろう景色の方が気になりました。

二塚古墳の周濠

かなり広い周濠部ですね。

古墳の出土状況ですが、後円部と前方部の石室は既に盗掘に遭っていたようです。

造り出し部は唯一未盗掘だったようで、石室の床面からは大量の須恵器・土師器、鉄製農工具類・武器類・馬具などが出土しています。

二塚古墳の風景

素晴らしいアングルですね。

左右から焦点を集めるように、遥か彼方に奈良盆地を望みます。

奈良盆地風景

四方を山に囲まれた大和の地。

大和国中(やまとくんなか)と呼び習わされた地形が手に取るように分かります。

大和盆地

大和盆地の中に、畝傍山と耳成山も見えていますね。

まるで島のように浮かぶ大和三山。

かつてこの辺りには湖が広がっていたとも言います。なるほど、言われてみれば・・・丘のように背の低い山々が、水をたたえた湖上の島々に重なります。

二塚古墳の墳丘

そそり立つ墳丘。

どこか腰高の古墳は、グイっと背伸びでもしているかのようです。

二塚古墳

鬱蒼とした夏の古墳。

耳の周りにまとわり付く蚊!これが五月蠅くて困りました。

二塚古墳の横穴式石室

葉っぱの上にいるのはヒルだと思います。

触れないように、そっと開口部へ近づきました。

二塚古墳

なかなか見ごたえのある古墳です。

自然と一体化した感じがいいですね。

急傾斜地崩壊危険区域

アクセスルートの脇にあった立柱。

土砂崩れの危険性も高いエリアなのでしょう。異常気象によるゲリラ豪雨も珍しいことではなくなりました。想定外も日常茶飯事となれば、二塚古墳の保全も気になるところです。

二塚古墳の帰り道

二塚古墳の帰り道。

坂道を下って、次に目指すは浄願寺です。

二塚古墳と浄願寺の道標

浄願寺の道標。

葛城山の懐に抱かれるように、観光スポットが集まります。

古墳にお寺に神社にと、寺口周辺は歴史散策が好きな人にはおすすめのエリアだと思います。

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