葛城市寺口の置恩寺

布施氏の氏寺と伝わる置恩寺を訪れました。

美しい十一面観音で知られる高野山真言宗のお寺です。

道の駅かつらぎから南へ走り、寺口交差点を右折して葛城山の麓へと上がって行きます。坂道の途中にあった「近畿自然歩道 寺口駐車場」に駐車して、徒歩でさらに上手の置恩寺を目指します。

置恩寺

葛城市寺口の置恩寺。

お寺へと続く脇道から境内に入りました。

置恩寺は奈良時代の初めに行基が創建したようです。かつては文徳天皇の勅願寺として栄えましたが、元亀年間(1570~73)に兵火に遭い、本堂を残して焼失しています。往時を偲ぶものとして、十一面観音立像と石灯籠が残っています。

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重要文化財の十一面観音!本堂の鄙びた虹梁

置恩寺の十一面観音を拝観するには事前予約が必要です。

この日は道の駅を中心に、葛城山麓をあちこち見て回る予定だったので仏像拝観は次回の楽しみとしておきます。

置恩寺収蔵庫

十一面観音を安置する収蔵庫。

収蔵庫の背後には、開けた大和盆地の風景が広がっています。

置恩寺十一面観音

道の駅にあった十一面観音の写真。

一重円光を背に、左手には壺を持っています。上半身のみの写真ではありますが、わずかに腰をくねらせているのが分かりますね。置恩寺の収蔵庫内には、十一面観音の他にも三面六臂の荒神様も祀られているようです。

置恩寺本堂の虹梁

置恩寺本堂。

向背の下に渡された一本の虹梁が印象的です。

柱の上部と上部をつなぐ役目の虹梁ですが、虹のようにやや湾曲しているのが特徴です。

置恩寺境内の花

境内の花。

幾つかの鉢植えが鄙びた境内を彩ります。

置恩寺の海老虹梁

これは海老虹梁でしょうか。

本堂向背の軒下に渡されていました。

”繋ぎ虹梁” の一つですが、やや傾斜がありますね。いつの時代のものなのか、こういう建築意匠を見ると興味が湧いてきます。

寺口駐車場

近畿自然歩道の寺口駐車場

ここから北へ徒歩1~2分で、子授けに御利益のある浄願寺です。浄願寺の専用駐車場もありますが、置恩寺や二塚古墳も巡るのであれば寺口駐車場をおすすめします。観光バスも駐車可能で、駐車料金も無料です。

寺口駐車場から山手へ少し上がり、左に取って民家の間を縫いながら南へ進みます。しばらくすると右手に細長い蓮田が見えてきて、その先に置恩寺の堂宇を望みます。

置恩寺近くの蓮

アクセス途中の蓮田。

訪れたのは8月末でしたが、まだ蓮の花が咲いていました。置恩寺の屋根が見えていますね。

置恩寺の道標

道標も立っていました。

西に置恩寺、東へ下れば屋敷山公園です。

置恩寺

置恩寺本堂の向こうに見えているのは、かつての観音堂でしょうか。

本堂から渡り廊下でつながっていました。

観音堂とおぼしき建物は老朽化が進んでおり、立ち入り禁止の三角コーンが周りに並んでいました。

置恩寺

置恩寺本堂を正面から見ます。

右奥に見えるのは、おそらく庫裏でしょう。

置恩寺

本堂左手前にも何かが祀られています。

小さなお堂です。

置恩寺地蔵堂

中は確認しませんでしたが、お地蔵さんかもしれませんね。

小さなお堂ですが、屋根の妻には懸魚も見られます。

置恩寺稲荷社

その奥にはお稲荷さんですね。

さらにその奥には、墓石が並んでいました。

置恩寺稲荷社

置恩寺のお稲荷さん。

鈴緒が下がり、小さな朱色鳥居も見られます。

置恩寺観音堂

渡り廊下と、今にも崩壊しそうな建物。

ここは葛城山の懐に抱かれる静かな場所です。すぐ西側に山が迫っており、そこそこ標高もあることでしょう。片田舎の無住寺を感じさせる一コマです。

置恩寺宝篋印塔

これは立派な宝篋印塔ですね。

収蔵庫の後ろが開けていて、解放感があります。

置恩寺薬師如来像安置

「置恩寺薬師如来像安置」と刻む石碑。

本堂前に建立されていますが、その左は何と読むのでしょう。「・・・ば 花ひらく」とまでは解読できます。

置恩寺御詠歌

こちらは収蔵庫前の石碑。

置恩寺御詠歌のようですね。

のりのこえきく てらぐちの 里よりも しんやのつきも くもりはれゆく

置恩寺の解説

置恩寺由緒と十一面観音の解説。

正式には医王山・布施山安養院置恩寺と号し、高野山真言宗。本尊は本堂に安置する薬師如来坐像です。

寺伝には神亀年間(724~29)に行基の開基とありますが、奈良時代末~平安時代初めに置始氏(おきぞめし)の氏寺として建立され、中世には「布施寺」とも称されたように、布施氏の氏寺として栄枯盛衰を共にしました。庫裏の南に建つ石灯籠は「文亀2年(1502)仲夏天 願主置始行國」とあり、戦乱で焼失した寺の再建の際、布施行國が寄進したものです。

国指定重要文化財 十一面観音立像
大正11年(1922)7月15日指定 像高172.0cm

檜の一木造り。頭部・体部・左右の上〇部まで1本の木から彫出し、両手前〇、両足先、頭上の化仏(いずれも後補)をはぎつけ、像内は刳っていません。眉の湾曲が大きく、鼻筋が細く、微笑をたたえる唇の顔立ちは優しく上品で、重心をわずかに左足にのせ、右足の力を抜いて立つプロポーションは、比較的均整がとれています。平安時代の中頃に造られたものと推定されます。

十一面観音がクローズアップされる置恩寺ですが、ご本尊は薬師如来坐像です。

置恩寺の十一面観音は左足に重心を乗せ、腰をくねらせて立つ独特のスタイルです。かなり重量があるものと思われますが、そのお顔立ちはなかなかの美形です。

置恩寺境内

収蔵庫の扉手前まで上がって撮影。

小ぢんまりとした境内です。

置恩寺石灯籠

これが解説文にもある石灯籠でしょうか。

宝珠の下の笠が八角形のフォルムです。

戦乱で焼失した寺を再建する際、布施行國が寄進したものと伝わります。

置恩寺は置始氏の氏寺として建立されたとありますが、そもそも置始氏(おきそめし)とは、物部氏族に属する天孫系の氏族とされます。飛鳥時代には置始兎(おきそめのうさぎ)、置始大伯(おきそめのおおく)と称する人物がいたようです。その後、中世になってから大和国衆の布施氏が置始姓を称したことから、布施氏の氏寺と言われるようになりました。

置恩寺本堂

右手の植え込みにカマキリが!

夏の終わりに近づいてから、今年初めてのカマキリを見ました。

カマキリ

鮮やかな緑色ではなく、随分色落ちしたカマキリです。

こういう種類なのかな?

置恩寺と向日葵

本堂を正面に見据える参道。

向日葵も出迎えてくれました。

そうこうしている内に、雨が激しくなってきました。

置恩寺石灯籠

仕方なく本堂の向背下で雨宿り。

こちらの石燈籠はまだ新しいですね。笠の蕨手がくるっと丸まり、スタンダードなタイプのようです。反対側の火袋には鹿の浮き彫りがあり、春日型燈籠だと思われます。

置恩寺鰐口

本堂軒下に掛かる鰐口。

神社は鈴を鳴らしますが、お寺は鰐口ですね。

布施氏の氏神が博西神社なら、その氏寺は置恩寺です。観光寺院ではない小さいお寺ですが、地名の「寺口」なども、おそらくこの置恩寺に由来しているのではないかと思った次第です。