文殊菩薩の踏み蓮華石@般若寺

般若寺の御本尊・文殊菩薩騎獅像。

正式名称を八字文殊師利菩薩騎獅像(はちじもんじゅしりぼさつきしぞう)と言います。獅子の背にまたがった木造の文殊菩薩像で、割とコンパクトなサイズで知られます。ところが、元はかなり巨大な文殊菩薩騎獅像だったようです。

般若寺本堂の踏み蓮華石

文殊菩薩騎獅像の踏み蓮華石

本堂外陣に展示されていました。

この台座の上に、獅子の脚一本が乗っかっていたようなのです。えっ!?と、一瞬目を疑うほどの大きさです。

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丈六の文殊菩薩を仰いだ般若寺

かつての般若寺には、丈六の文殊菩薩が祀られていたのです。

現在の文殊菩薩は元享4年(1324)に造立されていますが、それより一足早く、文永4年(1267)に造られたのが丈六の文殊菩薩騎獅像だったようです。安倍文殊院の渡海文殊にも匹敵するような大きな仏像が存在していたのですね。

踏み蓮華石

踏み蓮華石の真ん前に立ちます。

実に大きなものです。

決して大きければいいというわけではありませんが、そのサイズによって畏敬の念が生まれるということもあったでしょう。解説パネルにも記されていますが、西大寺の高僧・叡尊上人によって造顕された丈六仏です。

踏み蓮華石の解説

踏み蓮華石の解説パネル。

鎌倉時代の花崗岩製であることが案内されています。

鎌倉時代、文永4年(1267)西大寺叡尊上人によって造顕された丈六仏の文殊菩薩騎獅像の数少ない遺品で、塑像の獅子が踏んでいた蓮華石。直径1m程度の木芯の足が想定される。

現在の獅子が踏む蓮華座が写真付きで案内されていました。

なるほど、あの台座の部分ですね。

この写真を見る限りにおいても、いかに巨大な仏像であったかが偲ばれます。

八字文殊菩薩騎獅像

現在の御本尊・木造文殊菩薩騎獅像。

慶州の名仏師・康俊(こうしゅん)と康成(こうせい)によって造像されています。通常知恵の文殊様は、普賢菩薩と共に釈迦三尊の脇侍(きょうじ)として祀られます。お釈迦様の弟子に当たる文殊様・・・現在の御本尊は高さ約45㎝ほどのコンパクトサイズです。

右手に剣、左手には般若経をのせた青蓮華をとります。獅子の背に蓮華座を載せ、その上にちょこんと座っています。

後醍醐天皇の御願成就のために造立されており、元は経蔵の秘仏本尊であったとも伝えられます。

般若寺手水

本堂横に水が溜まっていました。

これは手水鉢でしょうか?

踏み蓮華石

般若寺の歴史を物語る遺品。

文殊は御真言の字数により一字、五字、六字、八字の四種が存在し、八字真言は「オン・アク・ビ・ラ・ウン・キャ・シャ・ラク」とされます。八字文殊は特に、災厄苦難を除く息災の効験ありと言われています。

般若寺本堂

優れた智慧により、人々に「般若空」の悟りを教える文殊菩薩。

仏陀になるための修業を説いて、衆生を仏国土へと導いて下さる有難いお方です。

般若寺十三重石宝塔

本堂前の十三重石宝塔を望みます。

文殊菩薩の縁日は毎月25日とされているようです。

卯年生まれの守り本尊であり、年若い修行者のため「稚児文殊」とも呼ばれています。

時計の針のように子丑寅卯・・・と針を傾けていけば、ちょうど真東に当たる午前6時が卯年に相当します。色で表現するなら、青春時代の「青」でしょうか。青二才などという言葉もありますが、人生まだまだこれからの時期に当たります。稚児文殊という呼称も納得ですね。

文殊様の踏み蓮華石を目の当たりにすると、長谷寺の特別拝観を思い出します。

約10mにも及ぶ長谷観音のおみ足に触れる結縁体験・・・大磐石の上の巨大な足に触れ、真上の観音様を見上げます。かつての般若寺でも、同じような体験が出来たのではないかと想像を膨らませてみます。