奈良県橿原市四条町に、式内社の高市御縣神社が鎮座しています。
神社名ですが、高市御縣(たけちのみあがた)と読みます。難読地名の多い奈良県内ですが、神社の名前もなかなかのものです(笑) 高市御縣神社の鎮まる場所は、今井町見学の拠点にもなっている今井まちなみ交流センター「華甍」のすぐ隣りです。
高市御縣神社。
両部鳥居のような稚児柱が向こう側に付いています。小さな社叢の木漏れ日に照らし出される拝殿が、その鄙びた風情で参拝客を出迎えます。
高市御縣神社の御祭神は、天津彦根命(あまつひこねのみこと)と高皇産霊神とされます。現在は二座の神が祀られているようですが、延喜式には一座と記されています。元来の御祭神は天津彦根命一座であったものと思われます。
天津彦根命は、天照大神と素戔嗚尊の誓約によって生まれた男神五柱の内の三男に当たります。
天照大神の勾玉から生まれた主祭神
それではここで、高市御縣神社に祀られるアマツヒコネノミコトの誕生秘話に迫ってみます。
亡き母のイザナミを慕って泣きわめく素戔嗚尊(すさのおのみこと)・・・
いつまでたっても海の国を治めようともしないスサノオに対し、父であるイザナギは葦原中国(あしはらのなかつくに)からの追放を命じます。追放される前に、姉のアマテラスに会って話を聞いてもらおうと、スサノオは姉の居る天上へと上って行きます。
そのことに驚いたアマテラスは、弟が良からぬことを考えているのではないかと訝(いぶか)しみます。この国を乗っ取ろうとしているのではないか?アマテラスはスサノオを迎え討つべく、武装をして待ち構えたと云います。
社号標に「式内大社」と刻まれていますね。
雄々しい姿で待ち構えるアマテラス。
髪をほどき、男性の髪型である角髪(みずら)に結い直し、長い紐でつないだ八尺の勾玉(やさかのまがたま)を、角髪や手に巻き付けます。鎧を見に纏って千本矢の矢入れを背負い、五百本矢の矢入れを胸に掛け、庭を踏み鳴らしてスサノオの到着を待ったと伝えられます。
天上に着いたスサノオは邪心が無いことをアマテラスに伝えます。
俄かには信じ難かったのでしょうか、邪心が無いことを証明するようにスサノオに言い放ちます。それに応じたスサノオは、互いに身に付けているものから子供を作り合おうと伝えます。この場面が、古事記におけるアマテラスとスサノオの誓約(うけい)とされます。
高市御縣神社の本殿。
拝殿の背後、石の玉垣に囲まれた場所に本殿がありました。
誓約(うけい)とは、一定の条件で神に誓って事を行い、判断の根拠を求めることを意味します。アマテラスとスサノオの誓約における一定の条件とは、スサノオの持ち物から生まれた子供が女性であるならば、邪心が無かったことにしようというものでした。
高市御縣神社のすぐ横に、今井まちなみ交流センター「華甍」があります。
手前左側の建物はおトイレで、その背後は駐車場です。30分以内の駐車であれば無料ですので、高市御縣神社にお参りの際は利用してみてもいいですね。
本当に静かな神社です。
姉弟の誓約の結果、スサノオの持ち物である十拳の剣(とつかのけん)からは三柱の女神が生まれました。アマテラスが十拳の剣を噛んで吐き出すと、三柱の女神が誕生したのです。
一方のアマテラスの持ち物である八尺の勾玉(やさかのまがたま)からは五柱の男神が生まれました。スサノオが勾玉を噛んで吐き出すと、五柱の男神が誕生したのです。その中の三番目の男神が、高市御縣神社に祀られる天津彦根命だったというわけです。
拝殿。
奈良県内には御縣神社が散見されます。
縣(あがた)とは何を意味する言葉なのでしょうか?
上代、大和にあった朝廷直轄地のことを縣(あがた)と言います。朝廷の直轄地と言うだけで、侵しがたい聖なる空間であることがうかがえます。
高市御縣神社は、延喜式神明帳における「御県に坐す神」六社の内の一つです。式内社として高市、葛木、十市、志貴、山辺、曽布の六御縣社がありますが、その中の第一位に名を連ねる由緒正しい神社とされます。
山の辺の道の磯城瑞籬宮跡の鳥居に、「志貴御縣社」と書かれた扁額が掛かっていたのを思い出します。崇神天皇の皇居跡と伝わる場所だけに、古代における聖地であったことは間違いがありません。また、六社の御縣神社には入っていませんが、久米寺の門前に鎮座する久米御縣神社周辺にも、歴代天皇の足跡が見られます。
高市御縣神社は、高市縣主に任ぜられた天津彦根命の後裔が祖神を祀った神社ではないかと言われています。
創祀年代は未だ不詳ですが、社伝によると成務天皇の御代に祀られたものと思われます。
江戸時代の町並みを残す今井町のすぐ傍とあって、今井町見学のついでに立ち寄る人も多いのではないでしょうか。あるいは、その目立たない社叢のために見過ごされることもあるのかもしれません。
今井まちなみ交流センター「華甍」の裏手に駐車場があって、そのすぐ南方に鎮座しています。
ひっそりと佇む本殿。
大和高田バイパスの四条ランプがすぐ近くです。国道も複雑に入り組む交通量の多い場所に鎮座しているとはとても思えない、実に静かな境内です。拝殿と本殿があるばかりの小さな神社ですが、歴史に裏打ちされた社格の高さをどこかに感じさせます。