日本古来の文様に立涌(たてわく)というのがあります。
水蒸気がゆらゆらと立ち昇っていく様子を表したもので、「立涌(たちわく)」とも言います。波線を向かい合わせにして、太い部分と細い部分を交互に描く連続模様です。当館の客室を見渡してみると、中庭に面した部屋の片隅に立涌文様がありました。
床の間の窓側に立涌文様が見られますね。
立涌文様のガラス戸です。
崩しの入った立湧デザイン
客室の立涌文様は、見るからにシンプルです。
単純な「たてわく」の他にも、波形の膨らみの中に雲を描いた「雲立涌(くもたてわく)」、波を描いた「波立涌(なみたてわく)」、さらには藤を入れた「藤立涌(ふじたてわく)」などもあります。一手間加えたこれらの立涌文様は、平安時代に有職文様として人気を博し、能装束にも取り入れられたと言います。
立涌文様のガラス戸。
滑らかな曲線を描いているわけではありませんが、木を使った立涌文様が描かれます。
波形の膨らみの中には一本の縦線が通ります。ある意味これは「崩し」と言えるのではないでしょうか。確かに立涌文様に似ていますが、厳密には別のデザインにも見えてきます。職人さんによる立涌崩しの遊びですね。
広がったり狭まったりしながら繰り返される意匠。
面白いですね。
「崩し」とよく似た表現に「破れ」があります。
こちらの意匠をよく見てみると、連続模様の所々に欠けた部分が確認出来ます。
そこだけ形を敢えてぼかし、破れ目のように変化を出す文様です。あれ?一瞬忘れたのかなと思わせる技法で、見る者の注意を惹き付けます。
心憎い仕掛けですよね。
間違い探しではありませんが、破れ文様にハマる自分がいます。
ところで、立涌が切れ切れになった「破れ立涌(やぶれたてわく)」という文様もあるようです。
古来、日本建築や芸術の世界では ”完成形” を好みませんでした。パーフェクトの一歩手前で止めておくのが「粋」とされました。物事が完成するということは、同時に崩壊への第一歩でもあります。まだまだ上向きの成長段階にある、何事もそう捉えたかったのでしょう。
床の間落とし掛けの図面角竹。
右側が床の間ですが、客間の竿縁天井は床の間に平行に走っています。
大切な床の間を刺さないという、昔ながらの慣わしです。