鴟尾(しび)とは、古代における瓦葺宮殿や仏殿の大棟両端に取り付けられた装飾のことを言います。沓(くつ)を立てた形に似ていることから、沓形(くつがた)とも称されます。
唐招提寺金堂の鴟尾はあまりにも有名ですが、再建中の興福寺中金堂の大棟(おおむね)両端にも同じく鴟尾が見られます。
興福寺中金堂の鴟尾。
美しい唐草文様が施されています。先のくるっと丸まったデザインは、神輿の蕨手(わらびて)や勾玉にも見られます。決して同じ型の意匠ではありませんが、どこか共通点が感じられます。昔の人たちは、そこに魂の永続性のようなものを付与しようとしたのでしょうか。
鴟尾は鳥の尾か魚の尾なのか
そもそも鴟尾は鳥の尾を模しているのでしょうか、それとも魚の尾に似せているのでしょうか?
鴟尾の「鴟」は鳥の鳶(トビ)を意味しています。
しかしながら、魚の尾の形をした飾りであるというお話もよく聞きます。どちらが本当なのか、非常に興味深いところではあります。
興福寺中金堂の模型。
今春、再建現場を見学した際に撮影致しました。屋根の上の兜のような飾りが鴟尾です。一対の鴟尾が向き合っているのがよく分かります。
国語辞典を紐解くと、マグロの成魚のことを鮪(しび)と言うようです。耳に届く音の世界で判断するなら、やはり鴟尾は魚の尾っぽということになるのでしょうか。
木造建築物を火災から守るために、様々な意匠が施されているのはよく知られるところです。
神社建築の屋根に取り付けられた妻飾りのことを「懸魚」と言います。魚の尾っぽがぶら下がったような懸魚(げぎょ)ですが、水を連想させる魚を懸けることで、火難除けのおまじないにしたようです。大神神社の境内でも、様々な形の懸魚を見ることができます。
鳥だとやはり空を連想させますからね。
建物に魚を懸けることは ”水を掛ける” ことにもつながります。テレビ画面のホエールウォッチングなどで、鯨の尾っぽが豪快に海面から出ているシーンをよく見かけます。あの光景が、ふと鴟尾と重なるのを感じます。
興福寺中金堂再建現場に、鴟尾の案内パネルがありました。
鴟尾は魔除けや防火のまじないとして大棟両端に飾られます。鳥類でも魚類でもなく、古代の役人たちの革靴に似ているので、沓形ともいわれ、次第に鯱(しゃち)に変化しました。
鳥類でも魚類でもないと解説されていますね。
なるほど、鴟尾の別名である「沓形」そのままに、やはり沓の形を模しているのでしょうか。
中国から日本へ、仏教と共に伝わったとされる鴟尾。
鴟尾は瓦や銅、あるいは石で造られることもあります。後世の鯱鉾(しゃちほこ)や鬼瓦の由来ともされる鴟尾ですが、どうやら「沓を立てた形」が模範解答のようです。
2015年度春の中金堂再建現場。
屋根の上に白いものが被せられていますが、あの中に鴟尾が立っているようです。
確かに沓を立てたような形をしています。
こういう形の瓦を見ると、藤ノ木古墳出土の国宝・金銅製靴が頭の中でダブります。
藤ノ木古墳出土の沓は足のサイズが大きく、実際に履いていたものではないと言われます。権力を象徴する副葬品だったのかもしれませんが、屋根の上の鴟尾にも少なからず誇張表現が見られます。
屋根の上に鴟尾が飾られることで、全体的にビシッと締まりが出ますね。
鴟尾とは何なのか?改めて考えてみるのも面白いかもしれません。