桜井市脇本に鎮座する春日神社。
雄略天皇の泊瀬朝倉宮跡とされる境内に、奈良県指定文化財の本殿が残されていました。三間社春日造の本殿は1603年に建立された由緒ある建物です。
脇本に鎮まる春日神社本殿。
奥まった場所に祀られ、間近でお参りすることは出来ません。春日神社のある辺りは、かつての泊瀬朝倉宮の中枢部に当たると言われます。泊瀬朝倉宮の伝承地はいくつかあり、決定打には欠けますが、春日神社の鎮座地も間違いなく有力候補地の一つです。
泊瀬谷の入口!第21代雄略天皇のお宮跡
玉列神社から白山神社へ向かう途中にある脇本遺跡。
桜井市黒崎に鎮座する白山神社も泊瀬朝倉宮跡と伝わりますが、果たしてどちらが史実に近いのでしょうか。
脇本の春日神社鳥居。
石鳥居の前に注連縄が掛けられていました。
春日神社前の東海自然歩道。
ちょうどこの辺りも、脇本遺跡のあった場所とされます。
脇本遺跡の発掘調査が行われ、残念ながら今は埋め戻されています。
春日神社を中枢部とし、東西約300m・南北約250mの範囲にわたって遺構が散在していたようです。発掘調査で5世紀後半の遺構も出土しており、泊瀬朝倉宮の可能性が高まっています。
鳥居をくぐり、長い参道を歩きます。
向かう先の直線上に拝殿と本殿が見えますね。
拝殿前でもう一段上がります。
拝殿にも注連縄が張られ、四つの紙垂が下がります。
大和さくらい100選として、泊瀬朝倉宮伝承地に指定されています。
桜井市のマスコットキャラクター・ひみこちゃんが両手を広げて歓迎してくれました。
参拝客も少ないのでしょう。
境内をあちこち見て回りましたが、誰とも出会うことがありませんでした。
「雲龍水」と書かれています。
昔の消防ポンプのようです。江戸時代から明治時代にかけて使われていたそうですが、貴重なものを見ることが出来ました。古社巡りの”棚ぼた”ですね。
拝殿の奥、さらに一段高所に祀られる本殿。
ここが脇本遺跡の中心であるとすれば、この地下にも何かが埋まっているのでしょう。古代の謎解きポイントに居ることに胸の高鳴りを覚えます。
春日神社本殿の解説。
三間社春日造で、身舎の側面は二間からなり、前面吹放とし、後面梁行に三口の板扉を設けて身舎としている。身舎の正面と両側面には縁を付け、背面両端柱には脇障子を取り付け、縁高欄を巡らしている。向拝には浜縁を設け、正面中央一間に、五級の木階と登り高欄を取り付けている。屋根は桧皮葺である。
本殿は組物・虹梁など、細部の手法がすぐれた三間社春日造であり、棟木銘から慶長8年(1603年)の建立であることが明らかで、貴重な建造物である。
本殿の脇の方に、お稲荷さんらしき祠がありました。
すぐ背後には山が迫ります。
檜皮葺の本殿。
ここからだと組物の詳細は分かりませんが、手の込んだ意匠が施されていそうです。綺麗なコンビニが近くに出来ていますので、お断りを入れてから向かってみるのもいいと思います。