聖徳太子が幼少~青年期を過ごされた場所。
聖徳太子上宮伝承地、太子ゆかりの宮跡が奈良県桜井市の上之宮にあります。
聖徳太子は上宮に住んでおられた。
歴史書にはそう書かれています。上宮という地名は、父の用明天皇の宮の上方に営まれていたことに由来します。
上之宮遺跡はメスリ山古墳に程近く、住宅地の中にひっそりと佇んでいます。
桜井市のメスリ山古墳!巨大円筒埴輪出土
国史跡に指定されている桜井市のメスリ山古墳。 磐余エリアの前期古墳で、”巨大前方後円墳” としてその名を全国に轟かせます。全長は224mを超え、4世紀前半の王墓ではないかと言われています。メスリ山古墳からは巨大円筒埴輪と鉄製武器類が出土して...
園池遺構も出土!古代の集落遺跡
聖徳太子没後1,400年の節目を迎え、県内各地で催しが行われています。
かつては一万円札の肖像にもなった太子ですから、知らない人はいないでしょう。
住宅地の中をぐるっと回り込むと、ありました、ありました。
民家の真ん前に上之宮庭園遺跡!
民家のベランダ越しに上之宮遺跡という、なんとも不思議な光景が広がります。
上之宮遺跡は古墳時代後期から飛鳥時代にかけての集落遺跡です。
上之宮遺跡の説明書き。
桜井商業高校の東側に位置し、学生さんの声が近くに聞こえます。遺跡の東側を寺川が流れ、正面には神武伝承で有名な鳥見山が見えます。
神体山と仰がれる三輪山も望める絶好のロケーションですね。
一辺50m以上の柵や溝に囲まれた方形区画の中に建物が配置されています。
西側から園池遺構が出土しました。
聖徳太子は実在した人物なのかどうか・・・
そんな議論も交わされていますが、日本の歴史上の人物としては一二を争う知名度であることに間違いはありません。
20年間もの長きに渡って、聖徳太子がここに住まわれていた・・・そう思うと、時を越えて空間を共有している今が、実に貴重な瞬間に思えてきます。