16歳の聖徳太子孝養像!飛鳥寺拝観

親に孝行を尽くすこと。

古くて新しい人の世の命題を、飛鳥寺本堂の聖徳太子孝養像が今に伝えています。

飛鳥寺の聖徳太子孝養像

ご本尊の飛鳥大仏向かって左側の厨子、その中に聖徳太子16歳の像が祀られています。

最も身近な存在で、最もお世話になっている人の存在を忘れてはなりません。そう言いながらも、どこか照れくさくて、その感謝の気持ちを伝えていないのが親なのかもしれません。

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三経義疏を著した聖徳太子

飛鳥寺の聖徳太子孝養像は「孝養像(きょうようぞう)」と言います。「孝養(こうよう)」と発音しても間違いではないようですが、一般的には「孝養(きょうよう)」で通っているようです。

聖徳太子孝養像

さすがは聖徳太子。

既にもう、16歳の時から教養溢れるお顔立ちです。

用明天皇の皇子として生を享け、幼少より聡明で知られた聖徳太子。その賢さから豊聡耳(とよとみみ)皇子とも呼ばれていました。三経義疏を著した聖徳太子は、仏教興隆に力を尽くした人物として後世に伝えられます。

飛鳥寺伽藍配置図

本堂の壁に、往時の飛鳥寺の姿が偲ばれます。

一塔三金堂の伽藍配置は、今でも飛鳥寺を象徴する形として多くの歴史ファンを惹き付けます。

親孝行したい時に親はいない、とよく申します。亡き親のため、懇ろに供養することを孝養(きょうよう)とも言いますが、そうならないように普段から心がけていたいものです。

飛鳥寺の聖徳太子孝養像

父である用明天皇の病気回復を祈願したお姿とされます。

飛鳥大仏の向かって右側には、写実的でどっしりとした印象の阿弥陀如来坐像が祀られています。それに比べて線の細い印象は拭えませんが、その存在感はやはり聖徳太子ならではのような気がします。

飛鳥寺の瓦

日本最初の瓦が陳列展示されています。

本堂を出た細い廊下沿いに展示スペースが設けられていて、中臣鎌足と中大兄皇子の出会いを演出した蹴鞠なども展示されています。瓦と言えばお寺、お寺と言えば飛鳥寺なのです。お寺の元祖・飛鳥寺は、当時の先進的な建築技術を採り入れて、瓦を使用したことでもつとに有名です。

飛鳥寺の聖徳太子孝養像

聖徳太子生誕の地と伝わる橘寺でも、同じく聖徳太子の像を拝観致しましたが、こちらの方になぜかインパクトを感じます。

強いメッセージを感じるのでしょうか。

拝む人それぞれに、何かを感じさせてくれる聖徳太子のお姿です。