大宇陀迫間の松源院香久山古墳

大亀和尚民芸館の裏山にある松源院香久山(しょうげんいんかぐやま)古墳。

阿紀神社参詣のついでに見学して参りました。

両袖式の横穴式石室が開口しており、玄室の奥には天井石を支えるつっかえ棒がありました。古墳の形は円墳とのことですが、前方後円墳の可能性も示唆されます。

松源院香久山古墳の横穴式石室

松源院香久山古墳の横穴式石室。

羨道から玄室方向にカメラを向けると、右手奥に補強材が見えますね。

開口部は鉄扉で閉ざされていましたが、施錠はなく石室内に入ることも可能です。羨道の天井石に目をやると、”お約束” のカマドウマが張り付いていました。

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京都大徳寺塔頭寺院と大亀和尚民芸館

元伊勢阿紀神社の手前から山手を望むと、一目でお寺と思しき建物が見えます。

明らかに普通の民家ではない大きな建物です。訪れてみて分かりましたが、それが大徳寺塔頭寺院の松源院でした。松源院香久山古墳は、お寺の前の大亀和尚民芸館の裏山にひっそりと佇みます。

松源院香久山古墳

宇陀市大宇陀の松源院香久山古墳。

竹林の中に墳丘がありました。

松源院香久山古墳の存在は以前から知っていたのですが、阿紀神社の近くだったとは意外です。せっかくの機会だったので訪れてみることにしました。阿紀神社の境内を出て、古墳のある山手を目指します。

大亀和尚民芸館の道案内

しばらく行くと、大亀和尚民芸館の道案内がありました。

ここを左折して、緩やかな坂道を上がって行きます。道中の天益寺に立ち寄り、さらに上手を目指します。

迫間

この辺りの地名は迫間(はさま)。

山間部の地名であることは言うまでもありません。

電柱の向こうに見える石垣と築地塀が松源院です。進行方向左手に見えて参ります。

松源院

松源院の門。

明治時代初期に、廃仏毀釈により法灯を失ったお寺です。

時は下り昭和55年に、大徳寺如意庵の元住職・立花大亀師が松源院を再興することになります。

松源院の毒語心経提唱

「拝観謝絶」の木札が掛かります。

「毒語心経提唱」・・・毒語心経といえば、白隠禅師を思い出しますね。数年前に京都の大徳寺を訪れましたが、多くの塔頭寺院で拝観謝絶の札が掲げられていました。大徳寺さんは ”観光寺院” への舵取りをなさっていないようです。

大亀和尚民芸館

門前の大亀和尚民芸館。

立花大亀師ご自身のコレクションの他、この地で使われた民具などが展示されています。入館料は無料のようですが、残念ながらこの日は月曜で休館日でした。松源院香久山古墳の出土品も展示中とのことで、是非中に入って見てみたかったです。

松源院鐘楼

松源院の鐘楼。

見るからに現役の鐘楼ですね。下手の阿紀神社境内にも鳴り響くことでしょう。

松源院の建築物

鐘楼に相対するように建つ建築物。

屋根の上に鴟尾をのせた立派な建物です。

大亀和尚民芸館

大亀和尚民芸館の入口。

海鼠壁がよく映えますね、玄関には狛犬が陣取っているのでしょうか。

目指す古墳はこの裏手です。

松源院香久山古墳アクセスルート

古墳へのアクセス道。

この築地塀沿いを進みます。

松源院香久山古墳アクセスルート

この角を右に折れます。

周囲に古墳の場所を指し示す道標は無く、あらかじめ知っている人でないと足を運ぶこともないでしょう。

やがて整備された階段が見えてきます。

松源院香久山古墳アクセスルート

これです。

夏場とあって、草が繁茂し分かりにくくなっていますが、この階段に誘われるように歩を進めます。

松源院香久山古墳アクセスルート

途中で振り返ります。

民芸館の背後を見下ろします。

松源院香久山古墳アクセスルート

さらに歩を進めると、こんな場所に出ます。

強いて言えば、ここが最重要アクセスポイントになります。

道が二手に分かれていますが、正解ルートは右です。真っ直ぐ進んで行っても、右方向へ回り込めば石室の開口部に辿り着きます。しかしながら、辿り着くまでの道中は竹藪の中です。足場も悪いですから、ここは右折して下さい。

松源院香久山古墳アクセスルート

右へ取ってしばらく行くと、左前方に開口部が見えて参ります。

右折ルートは人の往来も頻繁なためか、とても歩きやすい道でした。

松源院香久山古墳の石標

南に開口する径18メートルの円墳です。

立派な石標が立っていますが、ここに辿り着くまで「松源院香久山古墳」の名前を目にすることはありません。

松源院香久山古墳

鉄扉の手前にも石積みが見られます。

昭和58年(1983)に発掘調査が行われているようです。

松源院香久山古墳の石室

鉄扉の隙間から石室内を撮影。

玄門付近から奥へ広がっているのが確認できますね。

玄室の高さは3メートルあるようで、両袖式の横穴式石室です。

松源院香久山古墳の羨道

羨道の側壁。

羨道の高さは1.4メートルです。

少し屈めば、先へ進める高さですね。

松源院香久山古墳

松源院香久山古墳からは副葬品もかなり出土しています。

土師器、須恵器、鉄鏃、耳輪、高坏、さらには埋葬用木棺に使われたであろう鉄釘16本も見つかっています。被葬者は不明ですが、築造年代は6世紀後半とされます。

松源院香久山古墳

なかなか見ごたえのある石室でした。

松源院香久山古墳の近くには、カミリ尾古墳という前方後円墳があります。迫間の丘陵頂に位置し、5世紀末頃の古墳とされます。後円部の埋葬施設には木棺が直葬されていたようです。

丘陵の先へ登って行くほどに道は狭くなり、弔いの場所にも適していたのでしょう。高取町佐田の束明神古墳なども丘陵の先の先にありますよね。

松源院香久山古墳の見学は無料です。