忍坂街道の舒明天皇陵と古看板

天智・天武天皇の父に当たる舒明天皇の陵をご案内致します。

舒明天皇陵は忍坂街道にあります。

舒明天皇陵

舒明天皇陵。

陵名を押坂内陵(おしさかのうちのみささぎ)と言います。

八角墳の段ノ塚古墳!舒明天皇陵
八方美人、八方塞がりという言葉があります。 いずれも全方位に渡る360度の広がりを象徴的に表しています。8という数字には時空における末広がりが感じられます。無限大に広がる「八」は、古来より吉祥の徴とされてきたのかもしれませんね。 ...

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外鎌山の麓に築かれた八角墳!改葬地の押坂

飛鳥に岡本宮を営んだと伝えられる舒明天皇。

当初飛鳥の地に埋葬されましたが、後に押坂の地に移されています。

舒明天皇陵

舒明天皇陵から眼下を見下ろします。

忍坂の集落を登り切った所に佇む舒明天皇陵。

忍坂街道沿いの古看板

忍坂街道沿いで見つけた蚊取り線香の古看板。

古道に、歴史を感じさせる看板がよく似合います。

舒明天皇陵

舒明天皇陵の墳形は上円下方墳、または八角墳と言われています。

万葉集に忍坂(おさか)の山として登場する外鎌(とがま)山の西南麓に位置しています。

舒明天皇陵

舒明天皇が天智天皇、天武天皇の父に当たる人物というだけで、その重みが伝わってくるような気が致します。

舒明天皇陵からさらに進むと、藤原鎌足の正室であった鏡女王押坂墓(かがみのひめみこ おしさかばか)や大伴皇女墓が控えています。この辺りは陵の密集地帯なんですね。

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