桜井市外山の宗像神社

奈良県桜井市外山に鎮座する宗像神社。

神武天皇ゆかりの鳥見山北麓に佇む静かなお社です。創祀年代は不詳とされますが、式内社・宗像神社三座に比定される古社として知られます。

宗像神社拝殿

宗像神社の拝殿。

まだ新しい拝殿が西に向かって建ちます。

一時期衰退していた宗像神社ですが、安政6年(1875)に改めて筑前・宗像本社から神霊を迎えています。福岡県宗像市田島にある宗像大社には、沖ノ島出土の国宝も収蔵されており、その神性の高さが伺えます。北九州地域と奈良の桜井エリアには共通する地名も多く、その歴史には通底するものを感じます。

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宗像神社境内社と能楽宝生流発祥の地碑

宗像神社の参拝は今回で二度目でしたが、一つ一つの境内社を巡ってみましたのでご報告致します。

本丸の本殿へ向かう前に幾つもの境内社が祀られており、宗像神社の歴史を偲ばせます。

宗像神社の社号標

式内大社宗像神社の社号標。

国道165号線を桜井方面から長谷寺方面へ向かう途中、桜井茶臼山古墳を過ぎた辺りの右手に鎮座しています。大きな駐車場があるわけでもありませんので、ややもすれば見過ごしてしまいがちです。位置的には忍坂街道よりも桜井寄りになります。

宗像神社鳥居と三輪山

鳥居をくぐって振り返ると、遥か彼方に三輪山の姿が見えます。

三輪山方向へ真っ直ぐ道が伸びていますが、国道165号線の下をくぐってさらに進むと右手に外山不動院があります。宗像神社と外山不動院はお互いに目と鼻の先に位置しています。

この場所に石鳥居が建設されているのには何か意図があるのでしょうか。三輪山を意識した位置取りに思えてなりません。

宗像神社の手水舎

手水舎の手前に、宗像神社総改修工事記念碑が建ちます。

小奇麗に整備された境内が心地よく感じられます。

大和さくらい100選

宗像神社は大和さくらい100選にも名を連ねているようです。

天武天皇第一皇子の高市皇子ゆかりの神社と記されます。

高市皇子の母が胸形徳善の女の尼子娘であり、外戚の氏神として祀られたと伝わります。山の辺の道の玄賓庵の近くに、高市皇子の万葉歌碑があったことを思い出します。日本という国の基礎を築き上げた天武天皇の第一皇子という位置付けが、宗像神社の社格をさらに引き上げているようにも思えます。

宗像神社のお祓い所

宗像神社のお祓い所。

いわゆる祓戸社でしょうか。石鳥居をくぐって手水舎で身を清め、参道を進むとすぐ左手に祀られていました。神社参拝の順路から言っても、一番最初に手を合わせる場所です。

宗像神社の琴平神社

お祓い所の真向かいに祀られる琴平神社

鳥居の柱に事業繁栄、家内安全の文字が刻まれます。

琴平神社の御祭神

琴平神社の御祭神は、大物主神と崇徳天皇のようですね。

オオモノヌシと言えば、言わずと知れた大神神社の御祭神です。等彌神社と同じく鳥見山の麓に鎮まる宗像神社ですが、ここは神の山・三輪山を望む場所でもあります。

琴平神社の祠

琴平神社の祠と狛犬。

狛犬の首にも注連縄らしきものが張られています。

琴平神社は宗像神社の境内社ですが、この他にも春日神社、若宮神社、六社神社、大社神社、宮谷神社、厳島神社などが祀られています。

宗像神社の顕彰碑

こちらは顕彰碑でしょうか。

琴平神社の向かって右側にありました。

宗像神社の六社神社

さらに参道を進むと、左手に現れる六社神社

神社の中心である拝殿の手前に祀られていました。

六社神社の御祭神

六社神社の御祭神が案内されています。

伊邪那岐命、伊邪那美命、天照皇大神、月夜美命、素戔嗚尊命、大己貴の名が記されます。

六社神社の祠

六社神社前の石燈籠は少し鄙びた感じがしますね。

国生みの神々が祀られる祠も、新しい塀で囲われています。

宗像神社の山神

その六社神社から参道を挟んだ前方に、「山神」と刻まれた石が祀られていました。

鳥見山の神様を仰ぐのでしょうか。

宗像神社の御神木

山神石の背後には御神木が控えます。

福岡の宗像大社の御祭神は田心姫命(たごりひめのみこと)、湍津姫命(たぎつひめのみこと)、 市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)です。天照大神の三柱の御子神が祀られているわけですが、基本的に外山の宗像神社の御祭神も同じのようです。

宗像神社の御祭神

拝殿前に宗像神社の御祭神が案内されています。

本殿中央に宗像社が祀られ、左に若宮社、右には春日社が並びます。

宗像神社の長い歴史の中で、奈良の興福寺が外山荘を経営した際、春日明神と若宮社を勧請して宗像社を「春日社」と称していた時期もあったようです。

宗像神社の斎庭

参道から一段高い場所に設けられた拝殿。

木々に囲まれた境内は、国道沿いにあることを忘れさせてくれる静けさに支配されていました。

宗像神社拝殿

この拝殿の奥に本殿が祀られているものと思われます。

幕末の国学者・鈴木重胤(しげたね)がこの地に足を運び、宗像三神の衰微を嘆いたと伝えられます。村民と協力して宗像神社の再興に尽力した鈴木重胤ですが、彼は平田篤胤没後の門人とされる人物です。淡路の人で、諸国を遊歴して神道を説いた後、残念ながら江戸で暗殺されています。

宗像神社拝殿

鈴木重胤の尽力なくしては、今の宗像神社は存在していません。

奈良県内の寺社でもよく見られることですが、長い歴史の中において存続の危機にさらされることも少なからずあります。そんな中で様々な人々のチカラで蘇る神力に感服致します。

宗像神社参道

拝殿前から表玄関の鳥居へと続く参道。

その向こうには三輪山を仰ぎます。

宗像神社鳥居

小さなお社ではありますが、外山地区の産土神として信仰を集めています。

JR・近鉄桜井駅から南東へ2㎞ほどの場所に佇みます。

宗像神社のイベントとしては、毎年10月17日から2日間に渡って催される秋季大祭(頭屋渡し)が知られます。

能楽宝生流発祥の地碑

能楽宝生流発祥の地を表す石碑。

宗像神社の鳥居を出ると、すぐ右側に建つ顕彰碑です。

室町期に成立したと言われる大和猿楽。

大和四座と呼ばれる結崎座・外山座・坂戸座・円満井(えんまい)座の一角を成し、後に宝生流へと引き継がれることになります。外山座なんて言う猿楽の一派があったんですね。