水子地蔵に水蛭子を見る@おふさ観音

おふさ観音の本堂右手前に水子地蔵が祀られています。

左手に子供を抱きかかえ、さらにその足元にも幼子(おさなご)の姿が見られます。

おふさ観音の水子地蔵

おふさ観音の水子地蔵

水子地蔵の前には子安観音も祀られており、おふさ観音本堂前は子供にまつわる仏様の居場所になっているようです。沢山のお供え物が御仏の前を埋め尽くします。

出産後あまり日を経ない子のことを水子(みずご)と言います。最大の親不孝は親に先立って亡くなることと言いますが、好んでそうなっているわけではありませんが、水子地蔵を見るといつもその業の深さに感じ入ってしまいます。

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古事記に伝わる水蛭子(ひるこ)

水子という呼び名は、神話の世界に登場する水蛭子に由来しています。

伊邪那岐と伊邪那美の間に生まれた最初の子を水蛭子(ひるこ)と言いました。骨の無い子として生まれた水蛭子。不倶の子であったため、葦で編んだ小舟に乗せて海に流されたと伝えられます。海を漂流した後、ヒルコは恵比須神として戻って来たとも伝えられます。

今も兵庫県の西宮神社をはじめ、数多くの神社にヒルコは祀られており、ヒルコ信仰の根強さを感じさせられます。それにしてもヒルコが恵比須様になっていたとは驚きですが、おふさ観音の境内にも恵比須天が祀られていることをご存知の方は多いことでしょう。

おふさ観音の水子地蔵

それにしても、なぜヒルコは五体満足に生まれて来なかったのでしょうか?

その理由は伊邪那岐と伊邪那美の子作りにありました。女性であるイザナミの方から男性のイザナギに声かけをしたのが間違いだったのです。その後、褒め言葉を男の方から唱えることにより、無事にたくさんの子供をもうけたイザナギとイザナミ。そこへ行き着くまでに、ヒルコの他にも淡島(あわしま)という頼りない子供が生まれています。

小舟に乗せて流されたヒルコ。残酷なような気も致しますが、飢饉や貧困にあえいでいた時代には堕胎や間引きも当たり前のように行われていました。恵まれた今の時代からは想像もできませんが、水子を思う親の気持ちは今も昔も変わらないのではないでしょうか。

おふさ観音といえば「夏の風鈴」が有名ですが、昔は風鈴の音色も幼子をあやしていたのかもしれませんね。

おふさ観音の風鈴

橿原市小房町のおふさ観音では風鈴まつりが催されています。
涼しげですね。

境内いっぱいに咲き誇るバラまつりの終わりを見届けたかと思いきや、早くも夏の涼を楽しむ風鈴まつりが始まっていました。

7月1日から8月31日まで、たっぷり2ヶ月間に渡って多種多様の風鈴を楽しむことができます。大和の夏の風物詩として定着した風鈴まつりですが、2003年から毎年境内において開催されています。

音に祓いの意味を込める風鈴

おふさ観音の境内を風が吹き抜けると、一斉にすごい音が鳴ります(笑)

少々やかましいような気も致しますが、二千を超える風鈴が吊り下げられていることを考えると、”祭り”なんだから賑やかな方がいいかなと思えてきます。

おふさ観音本堂

本堂の前にもびっしりと風鈴が並んでいます。

風鈴の涼しい音色が”厄を払う”と考えられています。神様を呼び寄せたり、厄払いをしたりする際に音を出すことはよくあることです。

祭りの時の太鼓の音も重要な意味があるんですよね。祭りは「神様を待つ」ことにも通じています。風鈴の涼しげな音によって、おふさ観音の神様が呼び寄せられているのかもしれません。

おふさ観音の風鈴

縁側で団扇をあおりながら涼をとる・・・軒先では風鈴の涼しげな音が鳴っている。

昔の日本映画でよく見かけるシーンですよね。風鈴には、忘れかけようとしている古き良き日本がそっと寄り添います。

お房観音の風鈴まつり

風鈴まつりの期間中、日本各地の風鈴即売会が行われています。

奈良の奈良風鈴をはじめ、神奈川の小田原風鈴、東京の江戸風鈴、岩手の南部風鈴などを購入することができます。

茶房「おふさ」に於いては、日本各地の風鈴展示会が開かれています。沖縄の琉球風鈴や京都の清水焼風鈴などは一見の価値があるでしょうね。

7月17日の夜には、ランプの灯りで風鈴が幻想的に浮かび上がる光景が楽しめる”夜まつり”が催されます。
門前には露店も出ますので、一足早い夏祭りを楽しみたい方にはオススメです。

<おふさ観音と水子関連情報>