高家の地名由来に舎人皇子あり

桜井市の高家(たいえ)。

飛鳥と多武峰の間に位置し、眺望の開けた場所として知られます。

長瀬藪1号墳を筆頭に、数多くの古墳が残る高家古墳群もマニアの間で人気です。その高家エリアにオープンしたホテルを訪れました。

ホテル奈良さくらいの郷

ホテル奈良さくらいの郷

レストランカフェで食事を楽しみました。

北に開ける景色が最高です!鳥見山や三輪山、箸墓古墳はもちろん、遥か若草山や生駒山、矢田丘陵に葛城山と絶景が広がります。この高家という地名はどこから来ているのでしょうか。

スポンサーリンク

舎人皇子の万葉歌!高家(たかや)の上に棚引くまでに

万葉集に舎人皇子の歌が残されています。

舎人皇子は天武天皇の子で、第三子に当たります。日本書紀の編纂者として知られる人物ですね。日本書紀編纂の際、ちょうど42歳の厄年を迎えたため厄除祈願で松尾寺を建立したと伝わります。

高家ホテルのセミナールーム

ホテルのセミナールーム。

廊下沿いにレンタサイクルの自転車が並んでいました。

高家ホテルのレンタサイクル

舎人皇子作と伝わる万葉歌です。

ぬばたまの 夜霧は立ちぬ 衣手の 高屋(たかや)の上に 棚引くまでに

この「高家(たかや)」が転訛して、後に高家(たいえ)になったとする説が有力です。

昔から高所に位置していたわけですから、歌の情景が目に浮かびますね。

ホテル奈良さくらいの郷

棟と棟を結ぶ渡り廊下。

高家は桜井市南部の山村です。

旧多武峯寺領で、針道(はるみち)・椋橋(くらはし)・細川とともに多武峯4郷の一つとされました。4郷の中では最も寺に近く、根本寺領として直属的な場所だったようです。

高家集落の上手に春日神社が鎮座しています。

その境内手前に、「談山大明神」と刻んだ大灯篭が目を引きます。明和5年・1768年の燈籠ですが、多武峰とのつながりを如実に物語っていますね。

ホテル奈良さくらいの郷のテントサウナ

ホテルの背後、さらに一段高い場所にはテントサウナが設置されていました。

ロウリュウができる設備のようです。サウナと水風呂を繰り返すことで、深いリラックス状態を満喫できます。

高家ホテルの眺望

二上山が見えていますね。

桜井という地名も、アップダウンの激しい地形を反映しています。

高家地区までのアクセスですが、当館から車で10分ほどです。そんなに遠くない場所で、開けた絶景を楽しむことが出来ます。改めて近場の観光、マイクロツーリズムの重要性に気付いた次第です。

タイトルとURLをコピーしました