人と比べるのは良くない。
個性重視の時代背景からか、比べることの意義が薄れゆく昨今ですが、この比べるという言葉の語源はどこから来ているのでしょうか。
日本語の「比べる」の起源は、「座(クラ)」に動詞化の「ブ」を加えたものに由来します。座と座を並べた状態を想像すると合点がいくのではないでしょうか。
座(くら)は一段と高い所にある場所
座(クラ)の高い低いは、確かに気になる所ではあります。
概して普通であること、平均を好む日本人は人と「比べる」ことに敏感であったのかもしれません。現代語の「比べる」は、古語の「比ぶ」が下一段化して口語になった形とされます。
比べるの語源は、「座(くら)+ぶ」である。
元々、座(くら)という言葉は、一段と高い所にある場所のことを意味していました。単独でただ単に「座(くら)」と用いられることはなく、「高御座(たかみくら)」、「天の磐座(あまのいはくら)」などのように複合語の形で言い表されました。
春日大社の枚岡神社遥拝所。
聖なる磐座が見えますね。
神の降臨する磐座は、全国各地のパワースポットでもおなじみですね。三輪山にも磐座信仰が根付いており、山の中にたくさんの磐座が鎮まります。磐座は神様が影向される神聖な場所であり、そこは神霊をお招きする神座(しんざ)となります。
三輪山と桜。
聖なる磐座同士に優劣は無いものと思われますが、「比ぶ」の語源にもなっていることを考慮すれば、信仰の過程において高い低いの違いが生じていてもおかしくありません。単なる憶測に過ぎませんが、そんな想像を掻き立ててくれます。
ゴールデンウィーク前後に見頃を迎える大神神社のギンリョウソウ。
一塊になって、我先にと姿を現す腐生植物のギンリョウソウ。
「座」とは何の関係もありませんが(笑)、どこか背比べをしているようでもあります。
古語の「比ぶ」には優劣を競う以外にも、心を通わし合うという意味が込められています。親しく付き合っている様子を「比ぶ」と表現したのです。神との交信の場所であった座(クラ)は、神様と人との心の交流の場でもあります。
年ごろよくくらべつる人々なむ別れ難く思ひて
長い年月に渡って心を通わし合った人々は別れを惜しむものですよね。
ちなみに、中国語における「比」は「ヒ+ヒ」で、右横向きの人を並べて比べることに由来しています。