桜井市の古墳巡り。
桜の開花シーズンに合わせ、普段はあまり行かない場所に出向きました。
徳利塚古墳(植松西支群1号墳)の周りに桜の木が植えられていたことを思い出し、今がチャンスと訪れます。ついでにコロコロ山古墳やメスリ山古墳も再訪しました。
徳利塚古墳の横穴式石室。
墳活当日、石棺の半分が土砂で埋まっていました。天候の悪化で、墳丘の一部が崩落したのかもしれません。
高田植松古墳群の中の一基
徳利塚古墳には別名があります。
植松西支群1号墳と言います。桜井市の横穴式石室を案内する本に、徳利塚周辺の古墳地図が紹介されていました。徳利塚が属する高田植松古墳群の他にも、高田袋谷古墳群、高田寺谷古墳群があるようです。
桜井市高田エリアには、亥の子祭で知られる高田山口神社があります。
これだけたくさんの古墳が集まっていたとは、地元民でも知る由がありませんでした。高田植松古墳群は高田山口神社(高田廃寺)の谷から奥へ、高所の尾根上に分布しています。
こちらはコロコロ山古墳の横穴式石室。
メスリ山古墳の脇に移築されています。一辺30mの大型方墳で、両袖式横穴式石室が開口していました。フェンスに囲まれ中に入れないものと思っていましたが、今回は石室見学も楽しみました。施錠はされておらず、誰でも簡単に中に入ることが出来ます。
コロコロ山古墳の案内板。
被葬者は阿倍氏関連のようです。天井石が既に失われており、現在はコンクリート製の覆屋となっています。追葬時の金銅製刀子(とうす)が桜井市の有形文化財に指定されているようです。
メスリ山古墳の竪穴式石室天井石。
露わになった天井石が迫力ありますよね。
徳利塚古墳の見取図。
奥壁2段、羨道1段の構成です。出来るだけ少ない石材で造ろうとした痕跡がうかがえます。石室空間に比べて石棺が大きいことから、石棺が先で石室は後に構築されたものと思われます。