聖徳太子の馬を繋いだと伝わる立石。
明日香村には数多くの立石が存在しますが、聖徳太子建立四十六ヶ寺の一つに数えられる定林寺跡にも立石があります。その名を「立部の立石(たちべのたていし)」と申します。
立部の立石。
向こうに見えるのは、かつてのお寺の基壇跡でしょうか。岡の立石などはいかにも自然石といった趣ですが、立部の立石には加工の跡が見られます。何かを引っ掛ける用途なのでしょうか、上部が削られていますね。
謎に満ちた立石ですが、「乳母石」とも呼ばれているようです。聖徳太子が3歳まで戯れた遊び道具だったのでは?と言われています。または太子の駒(馬)をつないだ駒繋石の可能性も示唆されます。
立部の立石の行き方案内
立部の立石へアクセスする際、迷わないように幾つかのポイントを記しておきます。
地元民が集う「太子の湯」のある健康福祉センターが目印になります。
よく見てみると、真ん中辺りに継ぎ目がありますね。
上段、下段に分かれ、どうやら積み重ねられているようです。不思議なフォルムですよね、人差し指で上方を指しているようにも見えてきます。
定林寺跡の入口付近。
寺号標と石灯籠の間を上がって行くと、その突き当りに定林寺跡があります。その手前右側には定林寺と春日神社が控えていますが、さらにその奥に当たります。
明日香村健康福祉センター「たちばな」に掲示されていた周辺地図。
健康福祉センターのすぐ近くに定林寺跡があるのが分かりますね。
橘寺の前を通る県道155号線を中央公民館の所で南へ向かいます。しばらくすると、左手に「太子の湯」で知られる健康福祉センターが見えて参ります。赤かめ周遊バスや金かめ乗合交通のバス停留所もありますので、目印として覚えておきましょう。
健康福祉センターのバス停留所。
ロータリーになっていて、割と広くスペースが取られています。ここから徒歩3分ほどで定林寺跡へアクセスします。
定林寺跡の住所にもなっている立部(たちべ)。
あまり知られていませんが、立部から高松塚古墳壁画館まで散策道が続いています。時間に余裕のある時は是非歩いてみたいルートですね。方向を変えれば、立部から朝風峠まで歩いて行くこともできます。
定林寺跡に辿り着きました。
この手前右側には春日神社が鎮座しています。
舗装路から木々に囲まれた定林寺跡へと入って行きます。
史跡定林寺跡の解説板。
聖徳太子建立四十六ヶ寺の一つとして伝えられ、寺跡より飛鳥時代の瓦片などが出土する。寺域は狭く発掘調査によって塔跡・土壇・礎石などの遺構が確認されている。塔心礎から塑像の菩薩像の首などがみつかった。昭和41年国史跡に指定された。
定林寺の創建は、飛鳥寺よりやや遅れる7世紀前半と考えられています。
発掘調査によって金堂跡や塔跡、回廊跡の一部が確認されています。塔跡からは花崗岩製の心礎と菩薩塑像の頭部が発見されたと言います。
この立石が遊び道具だとすれば、やはり馬乗りスタイルになるのでしょうか。
かろうじて座る所とつかまる部分は確保されています。でもやっぱり、馬繋ぎの石と考えるのが妥当でしょうか・・・聖徳太子生誕の地と伝わる橘寺には、太子の愛馬である黒駒像が建っています。天を翔けたとも云うあの黒駒が繋がれていたのかもしれませんね。
あたかちゃんの観光音声ガイド。
飛鳥広域行政事務組合のマスコットキャラクター・あたかちゃん。明日香村の「あ」、高取町の「た」、橿原市の「か」の頭文字を採ったゆるキャラで、3市町村の地図から抜け出した妖精とされます。確かにその姿は、平面地図そのままの似姿です(笑)
高さ3mにも達する岡の立石や豊浦の立石に比べれば、随分小振りです。
迫力には欠けますが、独特の可愛らしさがあります。
基壇の方へ足を向けます。
階段が付いていて、上に登ることが出来ました。
定林寺跡から健康福祉センターを望みます。
たくさんの車が駐車していますね。
私が訪れたのは平日の昼下がりでしたが、太子の湯は大いに賑わっていました。
ポツリと佇む立部の立石。
定林寺を建立した氏族は一体誰なのでしょうか。
『平安遺文』にある「定林寺妙安寺所司等解」からは上宮王家(じょうぐうおうけ)との関係が指摘されます。聖徳太子ゆかりのお寺ということで間違いはないのかもしれませんね。
真上から立部の立石を見下ろします。
定林寺から出土した瓦ですが、檜隅寺の出土瓦に類似しています。
檜隅寺といえば東漢氏の氏寺です。そのため、東漢氏の影響もあったのではないかと言われています。
立石の継ぎ目。
綺麗に重なっていますね。明らかに人の手が加わっています。
ちょっと斜めに立っています。
小さな石ですから、子供の遊び道具と言われるのも頷けますね。
定林寺跡はコレと言って何かがあるわけではありません。
基壇や礎石が残存するのみです。そして、その脇にちょこんと立石が立っています。
橘寺からも徒歩圏内です。
聖徳太子を頭に思い描きながら、定林寺跡まで歩いてみるのも面白そうですね。橘寺境内にも二面石や三光石といった謎の石造物があります。ミステリーストーン巡りの一環としておすすめです。
辺りはし~んと静まり返っています。
定林寺は鎌倉時代に一度再興されているそうですが、創建当初から寺域はそんなに広くありません。
聖徳太子と語り合える場所。
立部の立石はそんな夢を叶えてくれる観光スポットなのかもしれません。
さぁ、あなたも古代ロマンを探しに定林寺跡を訪れてみましょう!
<飛鳥の謎の石造物ガイド>