以前から気になっていた明日香村の大根田地区。
桜井方面からキトラ古墳へ車を走らせます。壁画体験館『四神の館』の手前を左折し、道なりに上がって行くと大根田集落へと入って行きます。地区集会所の左上手に小さな神社が祀られていました。
大根田の八王子神社。
向かって左手には金毘羅大権現、右手には富士大権現が併祀されます。
春日造の社殿で、かつては「八王子権現」と呼ばれていたようです。
祭神には素戔嗚(スサノオ)の八柱の御子神が名を連ねます。天忍穂耳尊(アメノオシホミミ)を筆頭に、天穂日命、天津彦根命、活津彦根命、熊野久須毘命、多紀理姫命、市杵島姫命、多岐津姫命と続きます。
不思議な石段記号とお不動さん
大根田地区を歩いていると、村人に出会いました。
「ここをずっと上がって行くと、山の方へ通じているんですか?」
道標が見当たらなかったので聞いてみたのですが、このまま進んで一山超えると栢森へ抜けて行くようです。さらには高取城址へも通じていることを教えて頂きました。少しだけ進んで右へ回り込むと、キトラ古墳の裏手へと出ます。
八王子神社へ向かう坂道。
上方に目をやると、神社へ続く石段も見えています。
不思議な記号。
境内へ上がり、さらに反対側へ下りて行く石段に刻まれていました。
まるで松葉のような印・・・同じマークが各段に見られます。これは一体何を意味するのだろう?
う~ん、よく分かりません。
アルファベットのAのようにも見えてきます。
この印の意味をご存知の方がいらっしゃいましたら、こっそり教えて頂きたいと思います。
大根田のバス停。
背後に見えるのが大根田集落です。
左手へ入って行くと、大根田地区です。
道が二手に分かれていますが、真っ直ぐ進めばキトラ古墳の駐車場に辿り着きます。
LAQブロックで組み立てられたキトラ古墳。
四神の館のエントランスホールに展示されていました。
今回私はキトラ古墳の駐車場を利用させてもらい、大根田方面まで歩きました。キトラ古墳の住所は阿部山ですが、阿部山と大根田は隣接しています。大根田地区へ入って行くと、川が流れておりそこに小さな橋が架かっていました。
判読不明。
石標に刻まれる文字は、おそらく「大根田」なのでしょう。
道中で振り返り、遥か彼方に畝傍山を望みます。
辺りには長閑な田園風景が広がっていました。
電柱の札に「アベヤマ」と書かれています。
あちこちの電柱に「オオネダ」「アベヤマ」と記されていました。
今思えば、阿部山という地名を知ったのは四神の館が完成する前でした。墳丘にシートが被せられた状態のキトラ古墳が懐かしいですね。
梅の花が開花していました。
季節は確実に進んでいるようです。
さらに進んで行くと、道の左側に石燈籠が祀られていました。
検索してみると、お不動さんではないかとのことです。綺麗な花が供えられ、地域の人々に守られている様子がうかがえます。
お不動さんの手前に立つ郵便ポスト。
橿原郵便局の管轄のようです。
郵便物の収集時刻が示されていました。
さらに上手には大根田集会所があり、どうやらこの辺りが大根田の中心エリアのようです。
栢森を感じられる場所まで歩こうかと思ったのですが、さすがに心細くなり引き返すことになりました。
立派な石垣。
今回の大根田散策で出会ったのは、たったの一人きりです。この ”僻地感” がまたいいですね。
高台に神社の建物が見えます。
あれがこの日にお参りした八王子神社です。
石段を上がって行くと、竿に「太神宮」と記す灯籠が建っていました。
伊勢街道でよく目にする石燈籠ですね。この辺りにも伊勢講があったのかもしれません。
小ぢんまりとした境内です。
左手には磐座のようなものも祀られていました。
社殿向かって右手の富士大権現。
狛犬も二体、神前に陣取ります。
火袋にはめられた方形の木枠が、小気味いい秩序を生んでいます。
境内から大根田の棚田を見下ろします。
棚田を縫うように道が通り、絵になる風景が広がっていました。
こちらは社殿左側の金毘羅大権現。
神前には榊が供えられています。
神秘的な石段模様。
やっぱり気になりますね。
金かめ乗合交通の「大根田」停留所。
大根田の集会所がバス停も兼ねているようです。
大根田集会所。
集会所の左手奥に八王子神社が見えています。
時折しも3月1日、大根田から徒歩圏内の土佐街道では雛人形の展示が始まっていることでしょう。