吉野町河原屋の大名持(おおなもち)神社を訪れました。
吉野川右岸の天然記念物「妹山樹叢」の麓に祀られています。ちょうど旧伊勢街道と旧東熊野街道の分岐点に位置し、交通の要衝であったことがうかがえます。対岸の背山と共に、美しい風景に出会うことができました。
式内大社の大名持神社。
神明鳥居が吉野川の方を向いています。
鳥居右手に社号標、左手の黒い石碑は妹山樹叢を顕彰するものでした。見るからに立派な神社です。人の出入りを遠ざけてきた妹山と大名持神社には、今も神聖な空気が流れています。
大物主神の荒魂を奉祀!入山禁止の忌み山
妹山の南西麓に鎮まる大名持神社。
吉野川に架かる妹背橋を渡った対岸には、背山(せやま)が聳えています。浄瑠璃の『妹背山婦女庭訓(いもせやまおんなていきん)』の舞台として知られます。吉野川を挟んで妹山と背山が並ぶ風景を撮るには、一本西の桜橋からがいいようです。今回はド忘れしてしまいましたが、次回こそはと意気込みます(笑)
大名持神社の拝殿。
境内に入ってまず感じたのは、どこか篠畑神社と似ているなぁという感覚・・・場の雰囲気や建物の造りがよく似ていました。
このアングルなど、まさにデジャヴです。
ただ、拝殿の屋根から突き出る千木の形は違いますね。宇陀市の篠畑神社は内削ぎでしたが、大名持神社は外削ぎです。大名持御魂神(おおなもちみたまのかみ)を祀るということで、男神の「外削ぎ」を表しているのでしょう。
神社近くで見つけたマンホール蓋。
やはり吉野川ですね、2尾の鮎が向き合うように泳いでいます。その周りは吉野山の桜でしょう。
大名持神社の駐車場。
鳥居の左手にありました。駐車台数も限られていますが、お参りの際はご利用下さい。
駐車場手前に、「伊勢湾台風痕跡水位の碑」が建っていました。
球体底面の高さまで水が押し寄せたようです。
この球体の底面ですね。
かなりの水位です。改めて台風の脅威を感じました。吉野川は妹山の手前で緩やかにカーブを描いています。この辺りは一つのポイントになっていたのかもしれませんね。
神明鳥居って、ただそれだけで格式を感じます。
世の中に明神鳥居が多いが故に、そう感じるだけかもしれませんが・・・何より伊勢神宮が神明鳥居ですからね。
大名持神社(大汝宮;おなんじのみや)の案内板。
もと竜門郷21ヶ村の式内郷社
祭神 大名持御魂神(おおなもちみたまのかみ) 須勢理比咩命 少名彦名命
延喜式神名帳に大和国吉野郡十座の一つとして名神大社に列せられ、大月次新嘗の官幣にあづかる。
貞観元年正月27日正一位の神階を授けられた神徳崇高な神社である。
神社下の吉野川潮生淵(しおうぶち)に毎年6月30日に海水が湧き出るとの伝えがあり、国中地方から当社に参詣し、この淵で禊をする大汝詣りが今日も続いている。
神社の境内妹山樹叢は天然記念物に指定されている。
境内神社
若宮神社 祭神 事代主神
水神社 祭神 罔象女神(みつはのめのかみ)
金比羅神社 祭神 金山彦神
稲荷神社 祭神 稲蒼神
潮生淵(しおうぶち)で禊をするという大汝詣り。
6月30日という日取りも気になります。多くの神社では、上半期の汚れを祓う「茅の輪神事」が行われる日です。川で汚れを祓うという禊ですが、この地ならではのものを感じます。
吉野川津風呂自然公園の標。
妹山樹叢の大名持神社ですが、津風呂湖へ上がっていく手前に位置しています。
木漏れ日を受ける石段。
初夏の清々しい氣に満ちています。
拝殿の手前まで上がって来ました。
いい雰囲気ですね。
大名持神社の手水舎。
大名持神社を祀った貞観元年(859)以来、忌み山として人々の侵入を拒んできた妹山・・・ひょっとすると「忌み山」が転訛して「妹山」になったのかもしれません。
本殿もわずかに覗いています。
山中には今も珍しい植生が残っているようです。
妹山で発見されたツルマンリョウをはじめ、ルリミノキ、ナガバジュズネノキ、テンダイウヤクなどが分布しています。多年生草本の腐生植物・ホンゴウソウが見られるのも特筆すべき点です。屋久島方面の植物も混在しているようで、西日本の特殊暖帯林として珍重されています。
吉野川流域の岩でしょうか。
大自然の中のお社を感じます。やはり神社は「杜にあって」こそですね。鬱蒼とした杜(もり)が守(もり)に繋がっていることを忘れてはなりません。
石垣の上の境内社。
小さな社殿にも手を合わせます。
拝殿の破風板上部には、複数の細い棒が突き出ていますね。
用途は不明ですが、鞭懸(むちかけ)と呼ばれる部位です。
外削ぎの千木と、左右5本ずつ計10本の鞭懸(むちかけ)。
境内を囲む瑞垣には、奉納者の芳名が並びます。
独立峰の妹山だったからこそ、守られてきた歴史があるのでしょう。誰にも邪魔されることなく、ここだけが異世界を保ち続けています。
その麓に坐す神社。
三輪山の大神神社にも似た空気を感じます。
大物主の荒魂。
荒魂とは、新たに生まれ変わるという意味も持ち合わせているのでしょう。何かを生み出すチカラ、そんな秘めたるパワーを感じます。
格式と風格が漂います。
吉野川の岸辺にこんな立派な神社があったとは。
拝殿向かって右手の社務所。
大名持神社は、吉野町役場から東へ1kmほどの場所にあります。さらに西方の近鉄大和上市駅から徒歩で向かってもいいでしょう。大師山寺や澤井寺(たくせいじ)、三奇楼、阪本龍門文庫などを経由して辿り着きます。
昭和59年12月の社務所大改修工事落慶の木札。
木札上部の紋は、大名持神社の社紋でしょう。八弁菊菱だと思われます。
石燈籠の竿に大汝宮(おなんじのみや)と刻みます。
拝殿にも御神紋の八弁菊菱が見られます。
境内から吉野川を見下ろします。
大汝詣りの潮生淵(しおうぶち)がどの辺りなのか、気になるところですね。6月30日にお参りすれば、実際にその祭事を目にすることになるでしょう。
長きに渡って伐採を禁じた妹山樹叢。
吉野と言えば杉を思い浮かべます。もちろん、妹山のように原生林ではなく人工林の杉です。かつては吉野川上流から原木を筏(いかだ)で流したと言います。今も上市橋の南岸へ行けば、アーチ状の水門跡を見ることができます。
原木を水中貯木場に導き入れていたようです。
吉野にはそんな歴史があったんですね。ちなみに下流の“増口椿井の森”には、筏の神・水分神社が鎮座しています。
厳かな大名持神社本殿。
神体山には荒魂がよく似合います。
大名持神社の石段を登っていると、盃状の穴を見つけました。
盃状穴(はいじょうけつ)ですね。
再生や豊穣の願いが込められていると言いますが、興味の尽きないところです。荒魂が新生を意味するなら、まさしくこの盃状穴にも深い意味があるような気がします。
まるでお城の石垣を思わせます。
駐車場から見上げると、幾重にも重なっていました。
大名持(おおなもち)。
鎮座地は河原屋です。川上、熊野方面へ向かう手前に仰ぐ荒魂。
南を向いて建つ石鳥居。
ちょうどこの手前にコンビニのローソンがありました。コーヒーブレイクで訪れてみるのもいいでしょう。その際は、必ず駐車の許可を取って下さいね。
天皇陛下妹山樹叢行幸記念碑。
昭和56年5月に、陛下が妹山にお立ち寄りになられたようです。格式高い大名持神社は、大和上市エリアの散策には欠かせない観光スポットだと思います。