越智氏の菩提寺!光雲寺@高取町越智

越智氏の菩提寺・光雲寺。

禅宗の一派である黄檗宗に属し、寺号標には「黄檗宗 光雲禅寺」と刻みます。曽我川を挟んで嗛間丘の東側に位置しています。地域イベント『お寺deマルシェ』の会場にもなっていましたよね。

光雲寺本堂

光雲寺本堂。

どこかエキゾチックな雰囲気が漂います。

京都宇治エリアにある萬福寺(まんぷくじ)にも、似たような建物があったことを思い出します。萬福寺は中国の明朝様式を今に伝える禅宗寺院ですが、隠元禅師によって創建された黄檗宗総本山でもあります。なるほど、光雲寺も黄檗宗のお寺なんだなと思わせる外観です。

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心字池&鐘楼門前の厄除杉

県道35号線を橿原から高取方面へ走り、越智の交差点を過ぎた辺りで左手に見えてくるお寺が光雲寺です。

以前に斉明天皇陵(車木天皇山古墳)へお参りした際、光雲寺に至る道標を見つけました。この裏山を通って行けば、光雲寺へ辿り着くんだなと思ったのですが、その時は引き返しました。この日は高松塚古墳の壁画を見学した後、時間に余裕があったので向かってみることに致しました。

光雲寺の心字池

光雲寺方丈庭園の心字池。

心字池(しんじいけ)とは、草書体で「心」の字を模った池です。

庫裏の縁側からぼんやりと眺めることができます。

ぶらりと立ち寄った境内で、ご住職とお話をする機会に恵まれました。

越智氏にまつわるお話を伺っている内に、ご住職のご厚意で心字池を見せて頂くことになりました。この後、本堂内の釈迦如来座像も拝ませて頂き、大変有意義な一日となりました。

本堂内は真ん中が土間で、左右一段高い所に畳が五畳分ずつ敷かれていました。黄檗宗の坐禅は土間を挟んで対面で行われるようです。壁に向かう面壁スタイルではなく、修行僧同士が向き合って心を鎮める形です。

本馬山

本馬山。

神武天皇が国見をしたという嗛間の丘ですね。光雲寺から西へ徒歩数分の場所にあります。

光雲寺

光雲寺の寺号標と厄除杉。

この左側にお寺の駐車場がありました。

光雲寺の厄除杉

伝説を残す厄除杉。

今も明日香村の岡寺 ”星祭り” には、厄除杉の枝を持ち帰り厄払い行事に使われるようです。

なぜ星祭に使うほどの縁起物なのか?

実は天正年間の戦の際、追手から逃れて木に登り、命からがら助かったという兄弟の逸話が伝わります。危機を脱した二人の年齢が42才と25才で厄年だったため、厄除けの杉と呼ばれるようになりました。

厄除杉の由来

厄除杉の由来

この杉の大木は光雲寺の幾星霜を見守り、昔から近隣の人々の信仰を集め、樹齢千年に近い神木の杉である。

さらにこの杉の木は、根元にあった瑠璃の井戸と共に幾多の伝説を残し、天正年間(天正10年頃と言われている)織田信長の命を受けた筒井順慶に攻められた、鳥屋陣羽守の息子二人が、追手を逃れ杉の木に登り難を逃れた。

その時二人の息子が42歳と25歳の厄年であったことから、厄除の杉と呼ばれ、明日香にある岡寺の星祭りには、この杉の枝を持ち帰り厄払いの行事に使われ、今日に至っている。

奈良県保護樹木

平成9年7月18日には、奈良県の保護樹木(スギ)に指定されているようです。

間伐、枝打ち、整枝等により、保護樹木の形状を変更する際には、県に届け出る必要があります。

光雲寺の厄除杉

注連縄が張られ、その所々に紙垂が下がります。

樹齢千年に近い御神木です。

この厄除杉は、南朝の忠臣・越智邦澄が元弘2年(1332)に高取城を築いた際に植えたと伝わります。

光雲寺の厄除杉

光雲寺においても、毎年2月11日に厄除星祭りが行われているようです。

境内の薬師堂で法要が営まれます。

光雲寺の厄除杉

根元は瑞垣に囲まれていますね。

光雲寺、光雲寺と呼び習わしていますが、正式には「光雲禅寺」と言うのでしょうか。禅宗の「禅」であることに間違いはないでしょう。禅宗には臨済宗、曹洞宗、黄檗宗の三宗派があり、光雲寺は黄檗宗総本山・萬福寺の末寺に当たります。

光雲寺の厄除杉

少し離れた駐車場側から。

こうして見ると、かなりの巨木ですね。太い幹から大きく枝分かれしている箇所がありますが、そこからその先へと伝って行ったのでしょうか?実話を元に語り継がれているのでしょう、信憑性を感じる樹勢です。

光雲寺の厄除杉

結び目ですね。

なぜか横綱の土俵入りが頭をよぎります(笑)

光雲寺の石仏龕

脇に祀られる石仏龕。

その御前には、きちんと石段も付いていました。

光雲寺の石仏

供花はまだ新しいですね。

お地蔵様でしょうか。

石仏に手を合わせ、厄除杉を後にします。そのまま参道を進んで行くと、工事中の鐘楼門が姿を現しました。

光雲寺鐘楼門

光雲寺鐘楼門。

是非見てみたかったのですが、今回は致し方ありません。南朝の忠臣・越智氏にふさわしい鐘楼門ではないかと思われます。

光雲寺参道の石

うん?

これは何でしょうか。

馬つなぎの石?ちょうど上部にフックが掛かっています。自然石にしては、何かの意図を感じますね。

光雲寺参道の石

反対側から。

苔生していてイイ感じです。

光雲寺本堂

光雲寺本堂。

光雲寺の縁起を辿れば、「興雲寺」という名の寺院に行き着きます。

「光」ではなく、「興」という字で興雲寺(こううんじ)だったようです。ご住職のお話では、興雲寺は今の寺崎辺りにあったとのことで、寺崎の地名はこの ”寺の先” に因みます。昨年訪れた寺崎白壁塚古墳の「寺崎」ですね。

光雲寺境内図

光雲寺の境内図。

駐車場と厄除杉の間の参道を通って鐘楼門に至ります。

真正面の石段を上がると本堂、左手に庫裏、右手には薬師堂が佇みます。庫裏の裏手に心字池の方丈庭園が広がります。今回はお参りしなかったのですが、薬師堂の背後には越智氏御廟所があるようです。

光雲寺薬師堂

庫裏と向き合うように建つ薬師堂。

すぐ後方には新墓地分譲地が広がっていました。

光雲寺沿革

本堂前に光雲寺の沿革が記されます。

光雲寺は南北朝時代初期の貞和2年(1346)に、出家して越智伊与入道宗林と称した邦澄が、自家の菩提所として禅宗の一寺院を建立して、興雲寺と称したのが始めである。

越智氏の菩提寺として栄えましたが、天正11年(1583)の越智氏没落後は、浄土宗の寺院として余命を保った時期もあったようです。

光雲寺

その後時は流れて元禄11年(1698)、今井町細井戸多衛門(橿原市醍醐町平井氏祖)の志により、本堂や庫裏が建立されました。

釈迦三尊を祀る本堂も歴史を感じさせる佇まいなのですが、庫裏も実に風情に満ちています。

高取城の瓦に時を告げる巡照板

庫裏の玄関横には巡照板(じゅんしょうばん)が掛けられていました。

木製の絵馬のようなもので、叩けば甲高い音が出ます。

巡照板は時報の役目を担っており、板を叩くことによって時間を報せたそうです。その他にも、木魚の原型とも言われる開版(かいぱん)や雲の形をした雲板(うんぱん)もありました。

魚が珠を咥えて吊るされているのを見て、私はすぐに萬福寺のゆるキャラを思い出しました(笑) ご住職にお伺いすると、口に咥える玉は煩悩を表しているそうです。私たちの心の奥に潜む三毒を、開版を打つことにより吐き出させてあげる。どうもそのような意味が込められているようです。

高取城の瓦

高取城の瓦。

本堂右手前に展示されていました。

高取城の瓦

高取城の瓦。

丸に一文字三剣(植村家の家紋)

此の瓦は我が国三大山城の一つ、平成18年に名城百選に選定された、旧高取藩植村候の居城である高取城址(国史跡)の建造物に使われていた物です。明治27,8年頃にお城が取り壊され、一部は社寺や当時の名士の邸宅に移築されました。

高取城の瓦

尚、此の瓦は香芝市関屋在住の当時は大庄屋であった貴族院議員の藤田芳太郎氏宅の土蔵に使われていた物ですが、今度氏の曾孫藤田俊介氏のご厚意により当寺に寄贈していただきました。

植村家の家紋が刻まれた屋根瓦です。

高取城下の土佐街道沿いには植村家長屋門があります。

海鼠壁(なまこかべ)の美しい家老屋敷で、そこが山城のお膝元であることを知らせます。かつて越智氏によって築城された高取城ですが、光雲寺は高取藩士二十余氏の墓地にもなっています。

光雲寺

南北朝時代には後醍醐天皇の南朝方に付いた越智氏。

元弘3年(1333)護良親王の令旨を受け、高取城を築城することになります。さらに高取城のみならず、貝吹山、玉手、佐田の山々にも支城を造ったと伝えられます。

光雲寺本堂

この堂々とした構えがいいですよね。

異国情緒あふれる光雲寺の本堂・・・本堂背後にも旧檀徒墓があり、車木天皇山古墳も含めると周囲は弔いの場所になっていました。

光雲寺

葉牡丹の横に仏像が浮き彫りにされています。

光背そのものが宝珠形に彫られているようですね。

光雲寺

青く光雲寺と認(したた)めます。

中世大和武士の代表格として活躍した越智氏。

奈良の中世を紐解けば、越智党と筒井党の抗争の歴史が浮かび上がります。越智氏の先祖は、清和源氏とも物部氏とも言われます。いずれにしても、由緒正しい血筋であることに違いはないでしょう。

バス停東橋

県道沿いのバス停「東橋(あずまばし)」。

パチンコ屋の前の停留所です。奈良交通バスの「東橋」から徒歩3分ほどで光雲寺にアクセスします。

光雲寺釈迦如来

光雲寺の釈迦如来座像

パンフレットからの転載です。

三尊形式の釈迦如来で、本堂内の高い所に祀られており仰ぐ格好で拝ませて頂きました。

越智氏の墓

冊子には越智氏の墓の写真も掲載されています。

仏像も多数安置されており、文殊菩薩木立像、普賢菩薩木立像、薬師如来座像、十二神将などが並びます。

突然の訪問にも関わらず、ご親切にご案内頂いたご住職に心より御礼申し上げます。

この度は誠にありがとうございました。

【光雲寺拝観案内】

  • 住所  :奈良県高市郡高取町越智24
  • 駐車場 :門前に数台
  • アクセス:JR和歌山線掖上駅より徒歩10分