古墳時代前期の大型前方後円墳は世間的にもよく知られています。
しかしながら、古墳時代後期の横穴式石室を持つ円墳や方墳はあまり知られていないのが実情です。桜井市粟原(おおばら)にある越塚古墳もそんな古墳の内の一つです。
越塚古墳の玄室内。
組合式石棺の床石片隅に、石棺の側面と思しき断片石材が垂直に立っています。面白い構図かなと思い、奥壁を背にして撮影してみました。石棺の周りには細かい礫が敷かれ、高さ3.85mを誇る玄室内には神秘的な空気が漂っていました。
石棺の断片が残る両袖式横穴式石室
越塚古墳の築造年代は6世紀後半とされます。
古墳の形状は円墳で、墳丘の横に入口を設ける横穴式石室が開口しています。横穴式石室の中にも両袖式、片袖式、無袖式と様々な分類がみられますが、越塚古墳は羨道から玄室へと両サイドに広がる両袖式です。
盗掘に遭ったのか、2枚の床石とわずかな側面石材を残して石棺が失われています。
どんな石棺がこの場所に置かれていたのでしょうか。今となっては憶測の域を出ませんが、垂直に立つ断片石材がかすかに何かを語り掛けてくるようです。
今回の古墳見学でふと思うことがあります。ご存知のように奈良には無数の古墳が存在しています。
箸墓古墳を筆頭に、大型の前方後円墳も県内各所に見られます。古墳時代前期に築造されたこれらの多くの古墳は、その墳丘内への立ち入りを禁じています。そのため、古墳の手前まで行って見学を済ませなければなりません。あまりに巨大なため、その全容を見ることもできません。古墳見学の最後の切札は、上空からのヘリコプター観光しかないのかなと思っていました。
しかしながら、諦める必要は無かったのです。
古墳時代後期があるではないか、小さいながらも実際に横穴式石室の中に入れる古墳がたくさんあることに気付かされました。
越塚古墳の開口部。
南南西に開口する巨大な横穴式石室です。
桜井市内周辺を見渡せば、赤坂天王山古墳やムネサカ古墳にも匹敵する大きな石室です。
この他にも、桜井市内には見学可能な石室がたくさん用意されています。珠城山古墳群の1号墳、茅原狐塚古墳、弁天社古墳、艸墓古墳、文殊院西古墳、文殊院東古墳、谷首古墳、コロコロ山古墳、小立古墳、秋殿南古墳、岩坂式シ山古墳、花山西塚古墳、花山東塚古墳と枚挙にいとまがありません。
県指定史跡の越塚古墳。
昭和34年2月5日に、県史跡として指定を受けているようです。
粟原川に向かって西北に伸びる丘陵上に営まれた円墳で、径約43m、高さ約7mで周濠はなし。
内部構造は南南西に開口する両袖式の横穴式石室で、花崗岩の自然石を利用し、持ち送り手法で積み上げている。
巨石三段積みの玄室の規模は長さ5.3m、幅2.75m、高さ3.85m。羨道は10.7m、幅1.8m、高さ1.8mの規模を持つ。玄室床面には礫を敷き、凝灰岩製の組合式石棺を安置する。6世紀末頃の古墳である。
玄室の天井石。
実に巨大ですね。
玄室の奥壁と前壁がほぼ垂直に積まれているためか、心なしか天井が高く感じられます。越塚古墳は本格的な発掘調査が行われておらず、出土遺物等は不明のようです。被葬者も謎のベールに包まれています。
これだけ巨大な石室を持つ古墳なのに、未だに未調査なのですね。
越塚古墳のアクセスルート
越塚古墳への道順をご案内致します。
道案内が出ていないことが多い古墳見学。越塚古墳に関しても、トライはしてみたものの辿り着けなかったという人の声も聞かれます。そこで、今回は写真を多用しながら道順を辿ってみたいと思います。
これから越塚古墳を見学される方は、参考までにどうぞお付き合い下さい。
国道166号線のバス停下尾口付近を望みます。
ちなみにこの写真は、進行方向から振り返って撮影しています。写真の奥左手に見えているのが果物屋さんの建物、右手がソーラーパネルです。忍阪方面から宇陀方面へ向けて国道166号線を走って来ると、長い坂道に差し掛かる手前右側に果物屋さんの幟(のぼり)が見えてきます。そこを右折します。
右折してしばらく進み、振り返ったポイントが上記写真です。
しばらく進み、二手に分かれる道を左折します。
ちなみに右に曲がれば、赤坂天王山古墳へとアクセスします。
左に曲がって道なりに進んで来ると、また二手に分かれるポイントに出ます。
ここを右折します。
しばらく緩やかな坂道を上り、来た道を振り返ったポイントです。
右手に金網が見えていますが、重要なアクセスポイントになる公園の敷地です。
つまり、坂道を上がって来ると左手に小さな公園が見えてきます。車でアクセスする場合は、この辺りに車を駐車するのがいいでしょう。もう少し上手に行っても駐車できないことはありませんが、公園の入口付近が無難かと思われます。
小さな公園の敷地内には滑り台が設置されていました。
辺りに人影はなく、とても静かな場所です。
公園を上方から撮影。
公園の真向かいに急な坂道があったので、そこを少し上って見下ろします。私は一度間違えてしまったのですが、くれぐれも今私が立っているこの坂道を上っていかないで下さい。急勾配な坂道に息を切らしながらも悪戦苦闘し、ひたすら上を目指したのですが、倉橋溜池を見下ろすような場所に出てしまいました。
間違っていることに気付いて引き返し、再び公園前へと下りて来ました。
公園前から続く道です。
こちらが正解のルート(笑)
民家の間を抜けて行きます。
実は何を隠そう、このルートも車を降りて一番最初に辿った道なのです。しかしながら、越塚古墳を見つけることができずに戻って来てしまいました。そして、先ほどの坂道を上って行くという失態を繰り返してしまいました(笑)
この道で間違いはありませんのでご安心を。
せり上がる民家の石垣を右手に感じながら進んで行きます。
さぁ、また二手に道が分かれるポイントです。
ここは右の方を取ります。
カーブミラーのある場所ですが、ここは右折して下さい。
右折して緩やかな坂道を上がり、来た道を振り返ったポイントです。
道の脇に少し場所が空いていますね。
こちらが進行方向に向き直った所です。
越塚古墳を目指し、ここまで車で上がって来ることも可能かもしれませんね。大型車は無理しない方がいいですが、軽自動車ならこのスペースに駐車できそうです。
行く手左側に石垣のある民家が見えていますね。
しばらく坂道を上って行くと、また石垣のある民家が姿を現します。
石垣民家が2軒、これも分かりやすい目印になりそうです。
獣除けの電気柵でしょうか。
ここは市街地を離れた山の中です。古代の古墳が確実に近付いている、そんな雰囲気が漂います。民家を左手に見ながら、さらに上手へと向かいます。
やがて右手にこのような小屋が見えて参りました。
向こうに伐採された木が立て掛けられているのが見えます。椎茸栽培でもなさっているのかもしれませんね。
向きを変えて。
お住いというよりは、作業小屋といった趣でしょうか。
まだ先に道は続いているようです。
実はこの場所が失敗の始まりでした。何とも惜しいことに此処で引き返してしまったのです(笑)
道が細くなって、やや心細くなってくるのは分かるのですが、ここは不安をかき消して突き進んで下さい。越塚古墳を初めて訪れる際、ここも間違えやすいポイントになります。つい、引き返してしまうんですよね。この失敗談はお忘れなく。
緩やかに右手にカーブを描きます。
左下は崖ですね。くれぐれも足を踏み外さないように注意が必要です。
左手向こうに民家が見えていますが、もうあの辺りが目的地の越塚古墳です。
アクセスルートの補強のために鉄板が入れられています。
最終コーナーはなかなかの悪路ですね。
左手に見えてきました、いよいよ越塚古墳に辿り着きます。
民家裏手に見える丘陵が、円墳の越塚古墳です。
民家の右手には案内板のようなものが見えています。
随分遠くまで歩いて来た感じがありますが、ここは下尾(さがりお)集落の東の端に位置します。
居住空間のすぐ裏手に佇みます。
弧を描く細い階段が丘陵へと続いています。
ここを上がって行きます。
階段下には手水鉢のようなものが置いてありました。水も張られていましたが、寒い冬ということもあってか凍っていました。普段は古墳見学の前に身を清める場所になっているのかもしれません。
さて、ここも重要な分岐点です。
右に行くのか、左に行くのか迷うところです。正解を先に申し上げますと、左が最短ルートになります。
私はとりあえず円墳の全体像を確かめるために、丘陵の周囲を巡る右のルートを取りました。外周を巡って墳丘の中へも入って行きましたが、結構草木に覆われていて円墳であることを目で確認することはできませんでした。
分岐点に戻り、左のルートを取って上がってきた所。
先ほどの民家の屋根を見下ろします。そのまま道なりに進んで行くと、いよいよ右手に現れるのが横穴式石室の開口部です。
ありました、ありました。
越塚古墳の開口部ですね。民家横の案内板からもすぐ近くでした。
入口の石もかなり巨大ですね。
かなり大きく開口しているため、赤坂天王山古墳のような圧迫感はありません。
越塚古墳の石室内探検
いよいよ越塚古墳の横穴式石室の中へと入って行きます。
いつもながらに緊張の瞬間です。
羨道部分。
土砂が流れ込んでいるためか、入口付近から石室内へと傾斜が見られます。石室内へと下って行く感じで中に入ります。開口部付近ではありますが、撮影写真には「たまゆら」のようなものが映っていました。
この位置からでも玄室内の奥壁が見えます。
地面には小さい礫が一面に敷かれていますね。越塚古墳の見学にも懐中電灯は必須です。長い羨道を抜けて玄室へと向かうわけですが、さすがに奥までは光が届いていません。足元の礫にも光を照らしながら、進んで行かれた方が無難です。
羨道の側壁。
大きい石と小さい石が巧みに組み合わせられています。
絶妙なバランスを保ちながら、6世紀後半から時を刻み続けます。
再び開口部付近から。
割と入りやすい古墳であることが、この写真からもご判断頂けるのではないでしょうか。
越塚古墳を特徴付ける組合式石棺の床石と、その側面に残された断片。
しかしまぁ、この残り具合が何とも言えずユニークです(笑)
なぜにまた、このような残り方をしたのでしょうか。
どう考えても、不思議な残存状態ですよね。石材を必要とした人が盗掘に入った際、なぜこのような残し方をしたのか?あるいは、もっと残っていたのだけれども、時間の経過と共に崩れてどこかへいってしまったのかもしれませんね。
一本の歯だけが残っている。
なぜかそんなイメージと重なります。
無数に敷き詰められた礫。
やはりこの小石にも役割があるんでしょうね。神社参道に玉砂利があるように、古墳石室内の礫にも邪悪なものを寄せ付けないとか、そういった類の役目があるように思われます。
玄門付近から開口部を望みます。
石室の中から外の光を見ると、安堵感を覚えるのは私だけではないでしょう。やはりホッと安心するのです。いくら奈良観光をPRするための古墳見学とは言っても、昔の人のお墓の中に入っているわけです。内心ざわつきを覚えないわけがありません(笑)
見事なまでの天井石!
迫力ありますねぇ。
玄室内の天井付近に、何やら黒いものが蠢いています。
その正体は不明ですが、ここは生物たちにとっても格好の生育環境なのかもしれません。
床石の角に立っています。
お行儀よく床石の隅っこに直立不動!
奈良交通の下尾口バス停からは徒歩20分ぐらいだったでしょうか。
おそらく住んでいる人たち以外は立ち寄らないであろう場所に、桜井市内有数の規模を持つ横穴式石室が開口しています。観光ガイドブックにも掲載されることのない古墳です。集落の片隅にひっそりと佇む古墳が、これほどまでに見所にあふれているとは思ってもみませんでした。
玄室へと至る、袖部の巨石の上に注目です。
平べったい小さな石が挟み込まれていますね。
こちらが越塚古墳へと続く階段の下にあった手水鉢。
注意して見ていないと通り過ぎてしまいます。
これだけの横穴式石室が見学自由なのです。
古代人の息遣いを間近に感じることができる素晴らしい古墳です。
奈良県桜井市のおすすめ観光スポットとして、是非皆さんにも足を運んでいただきたいと思います。