山の辺の道の途上にある景行天皇陵。
第12代天皇の陵墓である景行天皇陵の周りにコスモスの花が咲いていました。
景行天皇陵とコスモス。
安倍文殊院のコスモス迷路もおすすめですが、こうやって野に咲くコスモスにも魅かれるものがあります。
日本武尊の父に当たる景行天皇
有名な「大和は国のまほろば」の歌を残した日本武尊(やまとたけるのみこと)。そのヤマトタケルの父に当たる人物こそが、第12代天皇の景行天皇なのです。
我が子でありながらも、その猛々しさに怖れをなした景行天皇は息子のヤマトタケルに熊襲征伐や東征を命じます。内心は複雑な気持ちを抱きながらも征伐に向かったヤマトタケル。故郷の大和に帰り着く手前で、志半ばにして力尽きることになります。御所の地の日本武尊白鳥陵に眠るヤマトタケルに対し、父親の景行天皇は天理市の御陵において永遠の眠りについています。
景行天皇陵。
国道169号線沿いに、西の方角を向いて佇みます。
全長300mの前方後円墳で、山の辺の道の正規ルートから少し西へ外れて陵墓の周辺を歩いて行くと、徒歩5分ぐらいで正面へと出ます。
国道沿いに観光案内の地図がありました。
「崇神陵及び景行陵東側地区眺望スポット(ヲガタ塚)までのアクセスマップ」と案内されています。地図上右側の前方後円墳が景行天皇陵で、左側の陵は第10代天皇の崇神天皇陵です。
景行天皇陵とコスモス。
景行天皇陵も箸墓古墳などと同じく、陵墓への立ち入りが禁止されています。
それ故に神秘的な雰囲気が漂うわけですが、コスモスの花を見ていると、花にとってはそんなことは全く関係が無いことに気付かされます。ただただそこに咲いている、それだけで十分なのではないでしょうか。
稲穂も実ってきましたね。
首を垂れる稲穂の左側に景行天皇陵、行く手に見える山が三輪山です。
山の辺の道には三輪山を仰ぎ見るポイントが幾つかありますが、ここからの眺めも実に印象的です。
三輪山とコスモス。
古代の聖地とされる三輪山から北へ、箸墓古墳、景行天皇陵、崇神天皇陵と続きます。
ここは景行天皇陵の北東の端っこです。
このまま山の辺の道を北へ取れば、1.2㎞の距離に崇神天皇陵があります。道標の向こうに見えている山は龍王山でしょうか。
オクラの花と景行天皇陵。
渋谷町のこの辺りは、近隣住民の生活感が漂います。
一説によれば、景行天皇の御子は80人もいたと伝えられます。
80という数字は、八百屋や八百万の神と同じで、数の多いことを表す抽象的な表現だとも言われますが、いずれにせよ、たくさんの子持ちであったことは確かなようです。その中でも小碓命(おうすのみこと;日本武尊)は女の子と見紛うばかりのルックスを持ちながらも、末恐ろしいほど武勇に優れていたと伝えられます。
日本武尊は、今で言うイケメンだったわけですね。
伝説上の人物としてあまりにも有名なヤマトタケルですが、その父親が景行天皇であることをおさらいしておきましょう。