山の辺の道沿いに綿の実を無料見学できる畑があります。
場所は夜都伎神社近くのH.A.M.A.木綿庵(ゆうあん)さん。夜都伎神社の社叢から西へ、朱色の鳥居方向へ向かってしばらく歩くと右手に畑があります。無料開放されていますので、どなたでも自由に見学することができます。
綿の実と夜都伎神社の社叢。
こんもりとした杜の手前を南北に山の辺の道が通っています。綿の畑のある場所ですが、正確に言えば山の辺の道から少し西へ外れたポイントに当たります。縦長の畑の中に洋綿と和綿が植えられていました。あまり今まで綿の実を意識して見ることもなかったのですが、ふわふわとして気持ちよさそうな綿の実をじっくりと観察させて頂きました。
入場無料の綿畑で育てられる洋綿と和綿
木綿庵さんの畑は天理市乙木町の1号畑と、同竹之内町の2号~4号畑の2箇所に分かれています。
今回私は乙木町の1号畑にお邪魔することになりました。
H.A.M.A.木綿庵の看板。
一般公開の時間は午前9時から午後5時までのようです。
夜都伎神社の石鳥居前から西へ、わずか徒歩数分で木綿庵さんの綿畑に辿り着きます。
竹之内環濠集落の道標の向こうに夜都伎神社社叢を望みます。
ここから中世の面影が残る竹之内環濠集落までは700mの距離と出ています。環濠集落は英語に翻訳すると、moated village と表現するようですね。英和辞典を紐解くと、確かに moat (築城の際、外敵に備えて城や都市の周囲に掘った濠)と書かれていました。他動詞で使われることもあり、「~に濠をめぐらす」という意味にもなります。
道標の近くに木綿庵さんの綿の種が置かれていました。
1袋100円で綿の種(コットンボール)が無人販売されているようです。赤い矢印で1号畑までの距離が30mと案内されていますね。
写真左手に家屋が見えていますが、どうやらあの辺りが木綿庵さんの畑のようです。
木綿庵さんは奈良県天理市で綿作りを通して不登校、引きこもり、鬱など、心が閉じこもりがちな人たちを支援なさっています。
こころはればれ晴れ(Hare)の日も、こころしとしと雨(Ame)の日も、まえ(Mae)を向いて、歩き(Aruki)たい・・・。
晴れ(Hare)、雨(Ame)、まえ(Mae)、歩き(Aruki)の頭文字を採って H.A.M.A.木綿庵と名付けられています。入居型、通所型の施設ではなく、あくまでもただの「畑」として活動なさっているようです。
大和盆地の西の方角を望みます。
一直線に続く道の向こうには、夜都伎神社の朱色鳥居が建っています。
木綿庵さんの綿畑は、この手前の右側に位置しています。
本来、綿は毎年花を咲かせる多年草なのですが、寒さに非常に弱い性質を持ち合わせます。
そのためなのか、園芸の世界では一年草として取り扱われているようです。
綿畑の中へ入って行くと、「洋綿 順路」と記された案内板が立っていました。
アオイ科 Genus Gossypium(ゴシピウム属)に属する綿は大きく分けて4つの種類に分類されるようです。綿の種類にも和洋の違いがあり、木綿庵さんの畑で栽培されている洋綿はヒルスツム系の綿で、メキシコ南部・中央アメリカ原産の種類とされます。
綿の枝は紫色なんですね。
秋に開花した後、蒴果(さくか)を結んでさらにそれが成熟すると開裂します。堅い殻がはじけ、その中から綿の実が姿を現します。柔らかくて優しい風合いの綿の繊維が、もこもこっとそれぞれの部屋に分かれて顔を出しています。
綿の葉は掌(てのひら)を広げたような形をしています。
綿の葉はなぜか奇数に裂けるようです。その数は3、5、7と例外なく決まっていると言います。木綿庵さんの小冊子に和綿の花の写真が掲載されているのですが、どこかオクラの花にも似ていることに気付かされます。
綿の種子からは綿実油(めんじつゆ)が採れるわけですが、綿は衣服なども含め私たちの生活に無くてはならいものですよね。
歴史的に見ても、奈良県産の綿はよく知られる存在でした。
江戸時代には、大和の綿花は特産品の一つに数えられるほどでした。大和は雨量の少ない土地柄です。そのため、水田の全てに稲を植えると農業用水が不足してしまうのです。その解決策として、稲と綿を一年ごとに交代で植え付けました。その裏作には麦や菜種を栽培していたそうです。
綿の実の向こうに夜都伎神社社叢を望みます。
竹之内環濠集落の濠の水なども、水利施設として利用されていたと言いますが、雨の少ない大和の地ならではの知恵だったのかもしれません。
洋綿の西側には和綿が栽培されていました。
洋綿に比べて小ぶりな印象を受けます。
木綿庵さんで育てられている和綿の種類はアルボレウム系でインド原産の綿とされます。インドから東方へ広まっていったアルボレウム系の綿は、中国や日本で古来より栽培されている種類とされます。
和綿と秋空。
まさしく天高く馬肥える秋といった感じの光景ですね。
和綿の葉っぱも心なしか洋綿に比べて小さいような気が致します。
山の辺の道を歩いていると、色々なものに出会えます。
万葉歌碑を見て古代ロマンに誘われ、ミカン畑や柿畑の間を縫いながら大和の地を歩いていることを実感します。
堅い殻に閉ざされていた綿がはじけ、本来の柔らかい姿を現す・・・
木綿庵さんが綿の栽培を通して、悩みを持つ人たちの居場所作りをなさっているのも頷けるような気が致します。
綿の種蒔きは5月上旬に行われ、その収穫期は9月~11月頃とされます。木綿庵さんでは綿摘み、収穫した綿の実から種を取る作業、綿打ち、糸紡ぎ体験などのプログラムも用意されています。
<山の辺の道関連情報>