結崎の秘仏!和福寺跡の薬師堂

糸井神社から道を挟んだ場所に薬師堂があります。

その名の通り、お堂の中には薬師如来が祀られているようです。今は廃寺となった和福寺のお堂です。ひっそりと佇む薬師堂ですが、糸井神社の神宮寺の庫裏を移築したものと伝わります。

薬師堂(和福寺跡)

市場の薬師堂。

江戸時代の薬師如来坐像が安置されています。

堂内拝観こそかないませんでしたが、年に2度ほど特別開帳されているようです。毎年7月16日の「郷神(ゴウシン)さん」、さらには10月の糸井神社のお祭りの際に開帳されます。

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像高120cm超え!玉眼の薬師如来坐像

薬師堂は元来、結崎の5垣内(中村、辻、井戸、出屋敷、市場)で共有されていました。

現在では、市場自治会と井戸のボランティアによって管理されているそうです。薬師堂のある場所ですが、明治時代初期には結崎村の寺子屋があったようです。今の川西小学校のルーツと言われる所以ですね。

秘仏薬師如来坐像

薬師堂の薬師如来坐像。

寄木漆箔のご本尊で、光背には日光・月光菩薩、十二神将の小像が配置されています。仏相の特徴である首の三道(さんどう)も顕著ですね。

糸井神社

糸井神社の鳥居。

糸井神社から道を挟んだ右手に薬師堂が見えています。

式内社の糸井神社には、かつて神宮寺がありました。そのことは糸井神社の絵馬を見れば明らかです。糸井神社に伝わる太鼓踊り絵馬の中には、石灯籠に灯りを点す僧侶が描かれています。神社に僧、このミスマッチこそが神宮寺の存在を浮かび上がらせます。

結崎の秘仏

川西町の広報誌に「結崎の秘仏」が特集されていました。

1m20cm以上の仏像です。

今にも小さな薬師堂の屋根に迫らんかという高さです。膝の張りも大きく、でっぷりした感じの実にふくよかな薬師如来。薬師如来は現世利益の仏様です。結崎の歴史の中でどれほど多くの人々を救ってきたことでしょう。

薬師堂の石仏

薬師堂右手の石仏群。

室町時代の地蔵石仏や五輪塔残欠のようなものが並んでいました。

市場薬師堂

格子戸の上に「薬師如来」の号が掲げられます。

毎月8日と12日には尼講が行われ、今も大切に保全されているようです。

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弘法大師坐像に安土桃山時代の涅槃図

市場の薬師堂には、薬師如来坐像の他にも数多くの宝物が伝わっています。

弘法大師坐像2体、十一面観音菩薩、不動明王立像、さらには安土桃山時代の涅槃図などが挙げられます。

結崎の秘仏

薬師堂の中の様子がうかがえる写真ですね。

ご本尊の左に十一面観音と不動明王、右手には弘法大師が祀られているようです。

薬師堂仏像群

広報誌に写真付きで案内されていました。

厨子入りの十一面観音菩薩立像は、平安時代後期の作とされます。

弘法大師坐像が二体もあるのはなぜでしょうか?水害に悩まされた川西町のことですから、周辺の他のお堂にあった弘法大師像も併せて祀られているものと思われます。

薬師堂の涅槃図

安土桃山時代(天正11年)の涅槃図。

涅槃図とは旧暦2月15日に行われる涅槃会で使われるもので、薬師堂の涅槃図は桃山時代の絹本とされます。絹地に描かれた書画で、大変希少性の高い涅槃図です。

糸井神社絵馬

糸井神社の太鼓踊り絵馬(1842年)。

絵馬の中ほど上部に、燈籠に灯りを点す僧侶の姿が描かれています。

薬師堂周辺地図

薬師堂の周辺地図。

川西町役場からも目と鼻の先です。能楽ゆかりの面塚へも徒歩圏内ですね。

十一面観音と不動明王

江戸時代の厨子入り不動明王像。

ギョロッと睨み付ける目は玉眼です。さすがに迫力がありますね。それとは対照的に、女性的な十一面観音には柔らかい印象を受けます。