南吐田環濠集落!川西町の低湿地

川西町役場から油掛地蔵を目指しました。

その道中、県内でよく見られる環濠集落に出会います。この辺りの地名から南吐田環濠集落井戸環濠集落と言うようです。個人家屋に巡らせた濠ですが、なかなか立派な造りだったのでレポートしておきます。

南吐田・井戸環濠集落

川西町の環濠集落。

川西町役場の通り沿いにある環濠です。これが南吐田環濠集落なのか、井戸環濠集落なのかは定かではありません。吐田エリアの南に位置し、井戸公園の南東に当たります。

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吐田の地名由来!新たに開墾した墾田(はりた)

川西町結崎は湿地帯です。

大和川と寺川にはさまれたこの辺りには、どことなく水の匂いが漂います。中世からの環濠集落は、標高の低い“低湿地帯”に築かれることが多いと言います。

吐田(はんだ)という地名ですが、開墾を意味する墾田(はりた;こんでん)にちなみます。未開拓の地を開墾し、田地にした場所という意味ですね。河原を開き、耕したエリアなのです。

南吐田・井戸環濠集落

まるでお城の石垣のよう。

傾斜の付いた石垣と、その周りを囲う環濠。

油掛地蔵・近鉄結崎駅の道標

川西町役場の角に立つ道標。

糸井神社や面塚、島の山古墳も徒歩圏内です。

環濠集落へ行くには、油掛地蔵方面を選択します。梅雨の時期は、糸井神社の紫陽花がきれいです。ちょっと見て行こうかなとも思ったのですが、当初の予定を敢行します。

南吐田・井戸環濠集落

川西町役場から徒歩2分ほどで、環濠に到着しました。

五角形の案内板に目が留まり、ここが観光スポットであることに気付きます。

南吐田・井戸環濠集落

案内板に近寄ります。

中世の乱世では、村落が自衛手段として濠をめぐらせた「環濠集落」が発達しました。県内には80余りの分布がありますが、盆地の周辺部よりは標高60m以下の低湿地に多く見られます。

形態としては、村落全体を濠で囲むもの、内部が複雑で小規模な平城的なもの、個人の家屋に濠を巡らせたものです。

ここ川西町の井戸、南吐田の大字に見られるものは、個人の家屋に濠をめぐらせたものです。

最近は、自衛の必要がなくなり次第に埋められつつあるものが多く、農業用水として利用されている集落は原形を保っています。

南吐田環濠集落

濠には柵が設けられています。

低湿地帯の吐田を詠う歌に、以下のようなものがあったそうです。

吐田、結崎(ゆいさき;現在のゆうざき)水づきどころ、嫁はやっても荷をやるな

氾濫する水で、大切な荷が流されたのでしょうか。

川の氾濫には悩まされたであろう地域です。今も隣接する三宅町には、水位を示す立札が多く見られます。

川西小学校の看板

川西小学校の注意を促す看板。

道の向こうに見えている白壁建物が川西町役場です。

川西町マンホール蓋

これは川西町のマンホール蓋ですね。

ケヤキとコスモスがデザインされていました。

つい先日、大和郡山市の稗田環濠集落を見てきました。集落全域を巡るタイプでしたが、こじんまりと一軒の家屋を巡る環濠も興味深いですね。

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