相撲発祥の地として知られる相撲神社。
かの大鵬や柏戸も土俵入りを奉納した由緒ある神社です。山の辺の道の案内地図を見てみると、国技発祥の地であるこの神社を「カタヤケシ」と表現しています。果たしてこのカタヤケシとは、一体何を意味する言葉なのでしょうか?
山の辺の道の案内地図。
景行天皇陵から東に伸びる山の辺の道が案内されています。
土俵の四本柱!その内側を示す方屋
カタヤケシとは?
聞くところによると、カタヤケシのカタヤとは方屋(かたや)のことで、土俵場のことを意味しているようです。長年抱き続けてきた疑問が晴れたようで、なんだかスッキリしました(笑)
改めて広辞苑を紐解いてみました。
以下、抜粋させて頂きます。
<方屋・片屋・形屋>
①相撲や競馬などの時、左右・東西に分けた競技者の控える所。②相撲場の四本柱の内。土俵場。
<方屋入(かたやいり)>
力士が土俵場に入ること。土俵入りに同じ。
大相撲の解説で、アナウンサーがよく青房下、赤房下、白房下、黒房下と言っていますよね。
相撲場における四本柱を方角で表現しています。高松塚古墳の壁画で知られる四神も方角によって色分けがされています。四本柱の内が、まさしく方屋(カタヤ)ということになります。
それでは、カタヤケシのケシとは何を意味するのでしょうか?
これはさすがに謎ですね。
垂仁天皇の前で催された史上初の相撲で、敗者の力士は命を失ったと伝えられます。だとすると、カタヤケシのケシは「消し」に通じるのでしょうか?とりとめもない疑問が湧いてきます。
当館大正楼には、山の辺の道を歩く目的でお泊りになられるお客様も多数いらっしゃいます。山の辺の道ハイキングの出発点、あるいは終点にもなる金屋~仏教伝来之地碑へも徒歩10分余りの便利なお宿です。
檜原神社の三ツ鳥居。
山の辺の道のルートは桜井から三輪を通り過ぎ、北は奈良方面まで続いています。しかしながら、天理の石上神宮辺りまでをハイキングコースとしていることが多いですね。
檜原神社。
檜原神社や長岳寺は山の辺の道の中継ポイントになっています。
山の辺の道の道しるべ。
金屋の石仏から忍阪へと抜けて行きます。
春と秋の観光シーズンにもなれば、多くのハイカーたちで賑わいを見せる山の辺の道。
山の辺の道に散在する万葉歌碑も、古代ファンにはたまらない魅力のひとつです。健康的なウォーキングを楽しみながら、万葉ロマンにひたることのできる喜び・・・普段の生活から解き放たれる瞬間ですね。
山の辺の道の宿「大正楼」。
カタヤケシの謎解きも兼ねて、山の辺の道をそぞろ歩きしてみませんか?新たな独自の見解が見つかるかもしれません。