古代に使われていた硯。
円面硯(えんめんけん)という円い形をした硯があります。
桜井市立埋蔵文化財センターを見学中、そのデザイン性に目を引かれました。現在使われている長方形の硯に比べると、お洒落な印象を受けます。
円面硯。
まるでコロシアムを思わせる美しいフォルムです。
奈良時代以降に使用されていたという円面硯ですが、お役人さんが大勢の人に何かを通達する際、文字を書いて広く知らしめる必要があったのでしょう。当時のマスコミの役割を担っていた道具ですね。
墨書や桃の種も展示!桜井市の歴史を学ぶ
秀逸なデザインの円面硯に目を奪われた今回の見学。
桜井市立埋蔵文化財センターの展示品としてまず頭に浮かぶのが、纒向遺跡から出土した桃の種です。シャーマンの呪術に使われたのではないかと言われますが、本物の桃の種を見ると、古代の暮らしぶりが走馬灯のように想像されます。
円面硯の近くに墨書(ぼくしょ)も展示されていました。
「家」と「富女」と書かれていますね。
いつも思うのですが、意思伝達手段としての漢字の歴史には驚かされるものがあります。昔の人も「家」と書いていたんだなぁと思うと、当たり前のことながら改めて感じ入るものがあります。書き順は今と同じだったんだろうか?その意味するものは大体は同じであるにせよ、時代に応じて少しずつ変遷を辿っているのではないか?様々なことを思わせてくれる墨書です。
大福遺跡の人骨もセンセーショナルでしたね。
手足を折り曲げた「屈葬」のスタイルで埋葬されています。窮屈なその格好は何を意味するのでしょうか。
桜井市立埋蔵文化財センター。
休館日が月曜と火曜のため、祭日を含む休日に働く私にはなかなか入館できなかった資料館の一つです。国道169号線沿いに位置し、奈良市内からも車で30分ほどでアクセスすることができます。
銅鐸や埴輪、土馬(どば)も展示されていました。
文字の使用が急速に進んだ奈良時代。
律令制が確立され、公文書作成も数多く行われました。
筆や硯が大活躍し、文字を書く役人の手も震えていたのではないでしょうか。今のようにパソコンや印刷技術が発達していない時代のことです。公文書を作成するに当たり、まずは円面硯の前で心を落ち着かせ、姿勢を正して文字を書き始めた役人の姿が浮かびます。
そういう意味では、”心を丸くしてくれる円面硯” である必要があったのかもしれませんね。
纒向遺跡から出土した桃の種。
同じ桜井市内の等彌神社にも、桃の神様として知られる意富加牟豆美命(おほかむづみのみこと)が祀られていますが、桃には神秘的な霊力が宿ると信じられてきました。
卑弥呼の呪術にも、桃が使用されたのではないかと言われます。
硯という漢字は、「石偏に見る」と書きます。数多くの人が「見る」文字・・・その文字をしたためるために、古代の人は円面硯を使用していたのですね。
その他にも、上之宮遺跡から出土したガラス玉鋳型も見所の一つです。古代人たちの丁寧な仕事ぶりが浮かび上がります。時代は変われど、人が使った道具です。私たちの祖先がどのような想いで作り出し、作業にいそしんでいたのか。
色んな想像を巡らしてみるのも面白いと思います。