巨勢の道の散策ルート上に川合八幡神社があります。
奇祭の引合餅(ひきあいもち)行事で知られるお社で、御祭神は誉田別命(応神天皇)とされます。水泥古墳からも程近く、散策ついでにお参りして来ました。
川合八幡神社の本殿。
急傾斜の石段の上に祀られています。
ヒキアイモチ行事では、この石段の上から餅の入ったコグツを投げ落とす慣わしがあるようです。三回投げ落とした後、子供たちが境内を引き回します。
安産にご利益のあるコグツの餅
コグツって何?
川合八幡神社を詣でたなら、誰しも抱く疑問ではないでしょうか。
コグツとは藁で編んだ座布団サイズの叺(かます)のようなもので、その中に「牛の舌餅」と呼ばれる小判型の餅を密封します。コグツの表面には拳大の結び目が一面にあり、そこに太い縄が取り付けらていました。
川合八幡神社拝殿に奉納されるコグツ。
過去に実際に使われたもののようです。
普段は目にすることのない異様な物体に、しばし見入ってしまいました(笑)
葛木御歳神社を参拝後、栗阪峠を越えて県道を下ります。行き着いた丁字路に道標が立っており、この辺りが古瀬の水泥エリアであることを確認します。コミュニティバスの停留所近くに、道案内の看板も出ていました。
丁字路を右折すると水泥古墳、左折すれば川合八幡神社にアクセスします。
この看板を見た時は、まだ ”ヒキアイ餅行事” との接点を見出せずにいました。奈良の伝統祭事一覧表などで、度々目にしていたヒキアイモチ行事。まさかここの八幡神社で行われていた祭りだったとは!
御所市コミュニティバスの水泥停留所。
マスコットキャラクターのゴセンちゃんですね。バス停のある丁字路から左へ曲がると、行く手に川が流れていました。
朝町川に架かる橋。
橋の向こう側、左手に見えている社叢が川合八幡神社です。
ちょうどこの辺りは、朝町川と曽我川(巨勢川)の合流する地点に当たります。川合八幡神社の「川合」の名前に合点がいきます。
川合八幡神社の社号標と石鳥居。
鳥居の向こうに見えている建物は、コグツが奉納される拝殿です。
拝殿裏手に、ヒキアイモチ行事の写真が掲示されていました。
引合餅行事が斎行される秋祭りを栗節供(くりせっく)とも言うようです。祭りの由緒を辿れば、栗飯か栗を神様に供えていたのかもしれません。
ヒキアイモチ行事の案内板。
開催日は10月体育の日の前日です。
餅の入った『コグツ』を引き回して
藁を編んで、中に餅を入れた『コグツ』と呼ばれる袋を神前から落とし、それを担いで石段を駆け上がる。これを数回繰り返した後『コグツ』についた綱を子ども達が境内で引き回し、最後に中の餅を配るという祭事。以前は男達が餅を奪い合う勇壮な行事だったとか。明治29年創始のコグツも保存されています。
10月の祭事に先立ち、宮座の座衆14人が当屋に集まり祭礼用の餅を搗くのが9月5日とされます。宵宮になると、座衆が朝から当屋に集まりコグツ作りが始まります。
コグツの中に餅を入れます。
餅の入ったコグツは神前に供えられます。
高張提灯4本が立ち、さらに石段の下にはススキ提灯4本が立てられます。そして夕方からは宵宮の神事へと移っていきます。
松明の元で行われる相撲。
神社創始者の家筋である鍵元(かぎもと)と宮守が向き合います。
昔は実際に裸になって取り組みが行われたようですが、今は四股を踏んで手を地面につき、お互いの呼吸が合ったところで行司が扇を差し上げます。両者が勝者?に落ち着く角力(すもう)のようです。
拝殿内に吊るされたコグツ。
「八幡神社引合餅保存会」と記された板札が並びます。
なんだか不思議な光景ですね。
神前での相撲が終わると、いよいよお待たせのヒキアイモチ行事へと続きます。
隆々としていますね!
まるで生命でも宿っているかのようです。
当屋が石段から餅入りのコグツを投げ落とし、下で待ち構えていた若者がそれを担いで再び神前に戻します。
この動作が3回繰り返され、三度目に竹で作った松明に火が灯されます。
その火でコグツの真ん中に小さい穴が開けられます。
穴が開くや否や、傍で待ち構えていた子ども達がコグツの綱を引っ張って境内を駆け回ります。
昔は裸の若者がコグツに群がり、その穴に手を突っ込んで餅を奪い合ったと言います。ようやく取り出した戦利品の餅も、さらに奪い合いとなったそうです。残念ながら今では、危険を避けるために平和裏に分けられているようです。
コグツの中の餅を妊婦が食べると、安産が約束されると言います。そのため、安産祈願の参拝者が絶えないそうです。
境内を引き回されたコグツたち。
当日の賑やかな境内が想像されますね。
芸能の原初形態を今に映す祭事です。
貴重な民俗学的慣例として注目を集めています。
引き回すための綱がぐるぐる巻きにされていますね。
それにしても、コグツとは不思議な物体です。
万葉集などにも登場する「裏(くぐつ)」という袋があります。藁などで編んだ袋のことで、藻や貝を入れるのに使っていたそうです。元はクグという名の海草で編んだことから「クグツ」と呼ばれるようになりました。
コグツは裏(くぐつ)とも何か関係があるのでしょうか。
紀州の紀路にも通じるポイントにある川合八幡神社。
吉野川は紀ノ川となって、海へとつながっています。かつて海人部の民が持っていた神霊の容器にクグツコというものがあるそうです。関連付けるなら、ヒキアイモチ行事の餅は神霊そのものになります。神霊を取り合う神占の作法がヒキアイモチ行事の原点なのかもしれません。
本殿と向き合うように建つ拝殿。
ヒキアイ餅行事のシンボルであるコグツが、ずらりと奉納されていました。
誉田別命を祀る川合八幡神社
川合八幡神社の御祭神は応神天皇です。
つまり、誉田別命を祀っています。全国に数多ある神社の中でも、八幡神社が一番多いと聞いたことがあります。
石段の上に祀られる本殿。
この石段の上からコグツが投げ落とされます。急な階段のため、両脇には手摺りが取り付けられています。石段の二段目には、結界を示す榊が供えられていました。
石段両脇には狛犬が陣取ります。
向かって左側、鞠を手にする吽形の狛犬です。
こちらは右側、阿形の狛犬です。
子取り狛犬のようですね。普通は反対で、阿形が鞠で吽形が子取りというパターンが多いのですが・・・必ずしも決まっているわけではないようです。
耳にはしていましたが、例外も数多あるのですね。
邪悪なものから八幡神を守るため、この場所に居座り続けます。
仰ぎ見る石段。
なかなかの傾斜です。
ここから神霊の象徴を投げ落とすとは、なかなか勇敢な行為です(笑)
本殿の前にも石鳥居が建ちます。
この社殿に誉田別命が祀られているのでしょうか。
太陽光が良い具合に差し込みます。
神々しいですね!
応神天皇の他にも、気長足姫命(神功皇后)と大倉比売命が祀られています。
幾歳月にも渡り、この高所からヒキアイモチ行事を見守り続けてきたであろう御祭神。
もうこの背後は杜の中です。
大自然を背に、人の営みを見下ろし続けます。
祠の前にも狛犬の姿が見られます。
二重に、三重にと結界が張られています。
なかなか手厚い警護ですね。
社殿の両脇にも耳が張ったように、板が付けられていました。
本殿前から見下ろします。
高いっ!
「牛の舌餅」とも呼ばれるヒキアイ餅行事の餅ですが、投げ落とされたり引き回されたりした挙句、果たしてその形を維持しているのでしょうか。ちょっぴり気になりました(笑)
拝殿左手奥に、道路沿いに建つ鳥居を望みます。
鳥居をくぐって一直線上に拝殿、本殿と並んでいるわけではありません。やや左にカーブしながら齋庭へと入って行きます。珍しい境内の配置ですね。
川合八幡神社の帰り道。
朝町川に架かる橋からJR和歌山線の方向を望みます。
すぐそこに線路が見えています。
川合八幡神社には駐車場がありません。最寄駅はJR和歌山線吉野口駅・近鉄吉野線吉野口駅で、駅を降りて南西1㎞ほどの場所に鎮座しています。