豊富な副葬品出土!市尾宮塚古墳

6世紀中頃の前方後円墳・市尾宮塚古墳を見学して参りました。

場所は近鉄市尾駅から程近く、市尾墓山古墳とのセット見学をおすすめ致します。

県道120号線沿いに巨樹の楠が生える市尾天満神社。その脇の鳥居を抜け、石段を上がって行きます。間もなく拝殿前に到着し、境内を見回します。古墳らしきものが見当たらなかったのですが、拝殿右手前の方に目をやるとそれらしき墳丘がありました。

市尾宮塚古墳

市尾宮塚古墳の横穴式石室と家形石棺。

石室開口部に立つと、センサーが作動して玄室内がライトアップされます。開口部は扉で閉ざされており、石室内には入れません。その扉の隙間に蜘蛛の巣が!これがまた絵になったので、石棺を背景に撮影しておきました(笑)

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被葬者は巨勢氏の首長?赤色顔料が塗布された家形石棺

市尾宮塚古墳は国指定史跡です。

出土遺物は多岐にわたり、その華やかさからも有力者の墓であることに異論は無さそうです。市尾墓山古墳と共に、豪族巨勢氏の首長墓と目されています。

羨道の奥の玄室内までよく見えます。

羨道の天井石には無数のカマドウマが蠢いていました。

市尾宮塚古墳の開口部へと通じる道。

後円部北側に開口しており、その手前には案内板がありました。

きちんと整備されていますが、雰囲気のある古墳です。

市尾天満神社の拝殿前からは、この開口部が見えません。

ちょうど背中を向けるような格好になります。そのため、以前訪れた際には見逃してしまいました。市尾宮塚古墳が天満神社にあると案内されているのに、なぜ見当たらないのか・・・その時は諦めてやむを得ず帰路に就きました。今回はそのリベンジです。

前回が嘘のように簡単に見つけられました。

拝殿前右手に滑り台が設置されているのですが、その辺りに道案内が欲しいところです。矢印一つで迷う人も居なくなるはずです。高取町教育委員会の方々、是非ご一考頂けないでしょうか。

ぽっと浮かび上がります。

まるで舞台上の演者のように。

高取町市尾の独立した丘陵上にある市尾宮塚古墳は東向きの前方後円墳で、墳丘は全長44メートル、後円部の直径は23メートル、高さは7メートル、前方部は幅24メートル、高さ4.5メートルです。後円部には開口する長さ11.6メートルの両袖の横穴式石室があり玄室は長さ6.2メートル、幅2.5メートル、高さ3メートル、羨道は長さ5.4メートルで石室内にY字形の石組みの排水溝を設け玄室に小石を敷いています。壁面は赤い顔料が塗られています。羨道に段をつくり、その上に閉塞石を積んでいます。石室内には凝灰岩製のくりぬきの家形石棺があります。石棺には鮮やかな赤い顔料が塗られ身の外側の寸法は長さ1.9メートル、幅1.2メートル、蓋には縄かけ突起があります。石室内の調査では金銅装の大刀・馬具・鈴・耳環、金銀の歩揺、鉄製の小札・鉄鏃、水晶やガラス製の玉と土器など多く出土しました。宮塚古墳は6世紀中ごろにつくられたこの地域の有力豪族の墓と考えられ、たいへん貴重です。 高取町教育委員会

羨道の地面には石が敷かれています。

解説パネルには ”Y字形の石組み排水溝” と記されていますが、その排水溝でしょうか?それとも、この石の下に現物があるのでしょうか。玄室内には小石が敷かれていますね。

縄掛突起の付いた刳り抜き式の家形石棺。

凝灰岩製の石棺で、内外には赤色顔料が塗られています。

羨門付近に供えられているのは榊でしょうか。

石室は市尾墓山古墳よりも大きな石を使い、5段組みで構築されています。玄室の中には入れないので目視できませんが、両袖式の横穴式石室のようです。

このアングルからだと、Y字形の排水溝が下に隠されているような気がしますね。

市尾宮塚古墳からは、多数の出土遺物が確認されています。

ガラス製トンボ玉、水晶切子玉、銀装空玉、金銅装耳環、金銅装環頭大刀、銀製小札、金銅装鞍金具、杏葉、辻金具、銀製歩揺、金銅鈴、須恵器、さらには追葬の木棺に使われた鉄釘などが出土しています。

綺麗な蜘蛛の巣!

同心円状に美しい模様が描かれます。こうなるともう、芸術品ですね。

蜘蛛の巣と榊を重ねてみます。

色々遊んでいる内に主役が交代してしまいました(笑)

今度は角度を変えて。

石室調査で明らかになった副葬品の数々・・・巨勢氏の首長墓を裏付けるには十分なのかもしれません。

張本人の蜘蛛を発見!

ここに扉が付いていればこその置土産です。ひょんなことからアート鑑賞まで楽しませてもらいました。

照明で浮かび上がる ”棺” あっての賜物です。

見事な相乗効果ですね。

石室に入れなくても、これで満足です。

新たな ”古墳の見せ方” になるかも?偶然に支配される面は否めませんが、退屈な古墳見学に一石を投じます。

アハハ、何度見ても飽きません。

蜘蛛に感謝しなければいけませんね。

市尾宮塚古墳のアクセスルート

近鉄吉野線市尾駅から約400mほどの距離に市尾天満神社が鎮座しています。

お車でアクセスされる場合は、神社斜め前の市尾公民館に駐車するといいでしょう。天満神社の鳥居から拝殿前に出ると、右手に滑り台が設置されています。

これです。

この滑り台の右奥に、こんもりと盛り上がる丘陵が見えます。

あれが市尾宮塚古墳の墳丘です。

横穴式石室の開口部はどこにも見当たりません。

二本の大きな木が生えており、その間を抜けて墳丘の反対側へと出ます。程なく先ほどの案内板が見えて参りますので、どうぞご参考までに。

墳丘上に登ることも可能です。

すぐに墳頂に辿り着きます。まぁこれと言って何もありませんが、大した傾斜もなく容易に登頂できますのでトライしてみて下さい。

市尾天満神社の鳥居前。

巨木のクスノキの前に、道路標が建っていました。

「船倉村道路」と刻まれていますね。船倉村はかつて高市郡に属していた村名です。現在は高取町の一部になっていますが、歴史を感じさせる石標です。

道路脇には宮塚古墳の道しるべも立っていますね。

船倉村という村名は船倉谷に由来するようです。

地形語としての「船」は山間部によく見られます。

桜井市の地名にも「鞍」が関係しているようですが、船も鞍もどちらも凹字型を連想させます。もちろん、谷も凹字もしくはV字型です。ちょっと話は逸れますが、織田信長を祀る京都の建勲神社も船岡山に鎮座しています。

市尾宮塚古墳へアクセスする際は、まず市尾天満神社を目指すことになります。

出土した副葬品を想像しながら、開口部に立ってみて下さい。市尾墓山古墳とはまた違った魅力に気付くことでしょう。