近鉄吉野線の市尾駅から徒歩5分ほどの場所にある市尾墓山古墳。
6世紀初頭に築造された前方後円墳を見学して参りました。
以前からその鮮やかなグリーンの墳丘に興味を抱いていたのですが、今回が初めての訪問となります。
市尾墓山古墳とタンポポ。
後円部の墳丘上段に横穴式石室が開口しています。開口部までは階段が付いており、いかにも ”整備された古墳” といった趣です。ここまで綺麗に整備されていると、何か物足りない感じもするのですが、それはそれで割り切って考えれば ”レジャー感覚” で楽しめる古墳なのかもしれません。
横穴式石室に安置される家形石棺
緑鮮やかな墳丘にばかり目が奪われがちですが、市尾墓山古墳の見所はやはり古式の家形石棺ではないでしょうか。二上山周辺から運ばれた凝灰岩製の家形石棺です。
残念ながら石棺のある横穴式石室に入ることはできません。羨門付近に設けられた扉越しの見学となります。
史跡市尾墓山古墳の石標。
背後にお椀型の後円部が見えています。
前方後円墳の周囲も実に広々としていて、レジャーシート持参でお弁当でも広げられるのではないかと思わせます。それもそのはず、古墳の周囲には幅約8mの周濠が巡り、さらに幅約7mの外堤が確認されています。周濠と外堤を合わせれば、100m規模の前方後円墳ということになります。
墓山古墳石室と石棺。
横穴式石室の玄室内の様子が解説されています。
玄室は人頭大の角の丸い小型の石を8~10段積んで壁面を持ち送り、大型の平らな石を天井に架けています。奥壁には羨道の閉塞のように小石が積み込まれています。
市尾墓山古墳は片袖式の横穴式石室です。石棺の置かれている位置も、やや片側に寄っているのが分かります。高取埋蔵文化財散策マップによれば、天井石は5石架け渡されているようです。玄室の長さは5.9m、幅2.6m、高さ3mを誇ります。
それにしても、見事な刳り抜き式の家形石棺です。
この家形石棺は凝灰岩製で、棺の内外には赤色塗料が塗布されています。被葬者は豪族巨勢氏の首長と推測されますが、石棺に塗られた”赤”は魔除け効果を狙ったものなのでしょう。
最寄駅の近鉄吉野線市尾駅。
私は今回、車で市尾墓山古墳にアクセスしました。よって電車は利用していないのですが、車で向かう際にも駅前を通過することになります。市尾駅を見るのも今回が初めてでした。
とても小さな駅です。
市尾墓山古墳へは駅前を右折し、線路沿いをしばらく進みます。やがて右手にそれらしき墳丘が見えて参ります。平地にある古墳ですので、比較的分かりやすい場所だと思われます。駐車場はありませんが、手前の道路脇に路駐することができます。
市尾墓山古墳の全景。
二段築成の前方後円墳であることがよく分かりますね。
向かって左側が北西を向く前方部で、右側が後円部に当たります。
後円部の横穴式石室へと続く階段。
固く閉ざされた扉が見えますね。
階段を上がって下界を見下ろします。
実に長閑な場所です。ちょっとしたピクニック気分とでも言ったらいいでしょうか、お墓の前で大変失礼なことなのですが、そのぐらいに開放的な気分が味わえます。
右手奥に緑の杜が見えますが、ちょうどあの辺りが市尾宮塚古墳のある場所なのかもしれません。
頑丈なコンクリートで囲われ、その向こうに閉ざされた扉が見えます。
どこか斑鳩町の藤ノ木古墳を思い出しますね。
扉の窓越しに家形石棺を見学することができるのですが、この日は日差しが強かったためでしょうか、照り返しで中の様子がよく分かりませんでした。
開口部から左手に目をやると、墳丘上へと続く道が付いていました。
さほどの急斜面でもありませんので、誰でも簡単に登って行くことができます。
折り返して、後円部へと上がります。
この辺りはちょうど高取町の中央部で、巨勢谷の入口付近に当たります。国の史跡に指定される古墳に登れるとは、何とも贅沢な時間です。
目の保養ですね。
まるでゴルフ場にいるような錯覚に陥ります(笑)
紛れもなく古墳の上です。
気分爽快!
御法度なのでしょうが、子供の遊び場になってもおかしくありません。
公園整備された馬見丘陵公園に勝るとも劣らない印象を受けます。
いや~、実に広々としています。
巨勢谷の豪族も、まさか21世紀の代にこのような姿に生まれ変わっているとは思ってもみなかったでしょう。
墳丘の裾野には簡易トイレも設置されていました。
観光客を意識した設備の一環だと思われます。
後円部の墳頂には色の変化が付けられていますね。
所々に芝を刈り取ったラインやカーブが見られ、よりクリーンなイメージを助長しています。
散髪された古墳。
身だしなみの綺麗な古墳です。賛否両論あるかと思いますが、一つの価値観を提案されているような気も致します。
周濠で出土した鳥形木製品
市尾墓山古墳の周濠部分からは鳥形木製品が出土しています。
橿原考古学研究所附属博物館の展示品の中にも、よく似た鳥形木製品があります。大空を飛ぶ鳥に幻想を抱いたであろう古代人たちを思います。
市尾墓山古墳の航空写真。
従来より古墳観光にはヘリコプターが一番だと思っているのですが、上空からの写真を見て満足するのが現状です。市尾墓山古墳のように、人の目線でもある程度墳形の分かる古墳ならいざ知らず、あまりに巨大すぎて何だか分からないような古墳も数多くあります。木々が鬱蒼と生い茂っていればなおのことです。
古墳を分かりやすく楽しむためにも、航空写真はありがたいですね。
鳥形木製品の出土状況。
穴が空いていますが、支柱となる木片を通すためのものだと思われます。
何の目的で鳥形の木の埴輪が作られたのでしょうか。被葬者の霊を、無事に来世に送り届けるためでしょうか。棺には霊(ひ)を継ぐという意味が隠されています。永遠の命を願う人々の想いが形になったものだとすれば、ロマンの広がりを感じます。
この鳥形木製品は、市尾駅近くの高取町歴史研修センターのエントランスホールで公開されているそうです。興味のある方は、是非足を運んでみて下さい。
プリンみたいですね。
ちょうど数年前に、整備されたばかりの高松塚古墳でも同じことを思いました(笑)
高取町教育委員会による散策マップ。
ポストの中に埋蔵文化財の散策地図が入っていました。
表紙の写真は、市尾墓山古墳石室と石棺です。
改めて見ると、盗掘孔らしき穴が開けられていますね。石室からの出土遺物も多岐にわたり、ガラス玉、鉄刀・刀子・コロク金具・鉄鏃、鞍金具・杏葉・雲珠・辻金具等の金銅装の馬具、須恵器等が出土しています。
表紙の写真からも、持ち送り構造の石室内が映されます。
等高線の描かれた地図と共に、観覚寺遺跡、観覚寺鳥ヶ峰古墳群、清水谷遺跡ナルミ地区、清水谷古墳群、森カシ谷遺跡群、森ヲチヲサ遺跡、佐田束明神古墳、薩摩遺跡、市尾宮塚古墳、市尾瓦窯跡、藤井イノヲク古墳群、越智遺跡、寺崎白壁塚古墳、与楽鑵子塚古墳、与楽カンジョ古墳が案内されています。
タンポポに古墳という構図も絵になりますね。
7月末にはライトアップイベントも催されるようです。
市尾墓山燈火会という夏の夕べを彩るイルミネーション行事で、その時ばかりは数多くの観光客で賑わいを見せます。
市尾駅のプラットフォーム。
優しいロウソクの灯りで浮かび上がる古墳もいいでしょうね。
なら燈花会にはじまり、奈良県内には数多くの光のイベントがあります。古代のお墓を幻想的にライトアップするなんて、いかにも奈良らしい発想ではないでしょうか。
古墳は観光地化されてしまったら御仕舞いなのかもしれません。
そっとそのままにしておく方がいい。
保存と開発の間で揺れ動くのは、何も奈良県内の古墳に限ったことではないのかもしれませんが、今後の動向が気になる優美な前方後円墳の一つです。