日本武尊を祀る白堤神社

天理市長柄町に鎮座する白堤神社。

読み方は「白堤(しらとり)神社」で、日本武尊(ヤマトタケルノミコト)を祀る県内唯一の神社です。白鳥伝説に彩られる境内はひっそりと静まり返っていました。

延喜式内社の白堤神社。

大和神社の社叢からJR万葉まほろば線の線路を越えて西側に位置しています。以前は現在地から南へ約200mの南池(白鳥池)西堤上にあったようです。昭和19年の大和海軍航空隊飛行場建設のために移転を余儀なくされ、昭和21年に現在地に遷座しています。

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長柄の里に降り立った白鳥の伝説

日本武尊は景行天皇の皇子に当たります。

たくさんの子供に恵まれた景行天皇ですが、その末っ子がヤマトタケルノミコトでした。勇猛果敢で聡明な日本武尊は景行天皇からも一目置かれる存在で、国の平定のために全国各地に赴きます。父の命とは言え、内心複雑なものがあったのかもしれませんね。

白堤神社の社叢を東方から眺めます。

周辺には田園風景が広がり、その間を細い直線道路が行き交います。ストレートに伸びる道からは区画整備された印象を受けます。飛行場建設の際に、この辺りも整備されたのかもしれません。

白鳥大明神 延喜式内社
白堤神社
祭神 日本武尊(景行天皇の皇子)

大和は国のまほろば たたなづく青垣山ごもれる 大和しうるわし

古事記にあるこの歌は、日本武尊が東国からの帰り、はるかに大和の国を思い出して歌われたものと伝えられている。景行天皇の命を受け、国の繁栄のため、九州から出雲の国、さらに関東から東北へと進まれたが、その帰り伊吹山で病にかかり、能煩野(のぼの;亀山市内)で亡くなられた。ところが、尊の魂は白鳥となって陵から飛び立ち、河内へ、さらに大和へ向かったと伝えられている。
日本武尊のこうしたロマンに満ちたご活躍を偲び、御神徳のいよいよ広まるように全国各地で日本武尊を白鳥大明神としてお祭りするようになった。
白堤神社は、県下で尊をお祭りするただ一つの神社である。
当社は、平安時代に国から幣帛を授受する延喜式内社に指定された。

あまりにも有名な歌ですよね。

大和へのノスタルジーが感じられる日本武尊の名歌・・・大和へ帰り着く一歩手前で力尽きたヤマトタケルは、三羽の白い鳥となってここ長柄の里にも降り立ったと伝わります。御所市にある日本武尊白鳥陵も、その伝承地の一つですよね。

白い鳥の降臨を顕彰して、村人たちはその場所にお宮を建てて祀ったそうです。そして、ここ長柄の里のご先祖様も、日本武尊と共に東征したと言い伝えられています。

白堤神社へのアクセスルート

今回私は、戦艦大和ゆかりの大和神社から白堤神社へと向かいました。

大和神社のお守り授与所で行き方をご神職にお伺いすると、白堤神社はJRの線路より西側とのことでした。大体の見当は付いていたのですが、ここに追ってご案内致します。

JR万葉まほろば線長柄駅

まずは大和神社からJR長柄駅を目指します。大和神社の境内から約500mほど歩けば、線路越しに長柄駅のプラットフォームが見えて参ります。白堤神社へは長柄駅からも十分に徒歩圏内ですので、このまま歩いて目指すことに致しましょう。

駅手前の踏切を越えて、さらに西へと進みます。

長柄新池公園。

程なく右手に公園がありました。ビューポイントにもなっている公園で、地元の方の憩いの場所のようです。さらに西へ取ると、左手に天理教の建物が見えて参ります。

天理教長柄分教会。

長柄は天理市内の町でもありますから、天理教のお膝元と言ってもいいでしょう。さらにこのまま西へと歩を進めます。

 

やがて右手に「太神宮」と刻まれた石燈籠が現われます。

頑丈そうな石で囲いがしてありますね。

白堤神社のアクセスルート

行く手に赤い櫓(やぐら)が見えて参りました。

消防団の櫓のようですが、重要なアクセスポイントですので覚えておきましょう。あの櫓のある所を左に曲がります。左折してしばらく南へ向かうと、左手にそれらしき社叢が見えて参ります。

ありました、ありました。

慰霊碑の右手に、白堤神社の石鳥居が建っています。その手前には社号標も見えます。

田中云々と書かれた石碑も建っていますね。

この慰霊碑もやはり、戦没者を供養しているのでしょうか。

白堤神社の参道。

参道が緩やかに左へカーブしています。

どうやら鳥居をくぐって真正面に拝殿という構図ではないようです。

珍しい形の石燈籠です。

「冨士大権現」と刻まれます。

正面に拝殿が見えて参りました。

手前の参道沿いベンチが二つ置かれています。参道左手に目をやると・・・

うん、これは何?

石碑の表面に図形のようなものが刻まれています。

何でしょうか。

ひょっとして三羽の白い鳥を象徴する魂!? 謎を解き明かす鍵はどこにも見当たりませんでした。

そして手水舎の手前、参道右手には小さな祠が祀られています。

ここにも白堤神社の石燈籠が建っています。

参道を外れて、祠の前に足を運びます。

高龗神(たかおかみのかみ)ですね。

雨を司る水神が一番手前に祀られていました。

白堤神社

近くの大和神社にも祀られている神様です。

かねてより奈良盆地は雨の少ない地域でした。今も溜池の多さがそのことを物語っています。長岳寺の東に聳える龍王山なども雨乞いの山だったと伝わります。

参道の左手には、二座合祀殿が鎮座していました。

向かって左側が迦具土神(かぐつちのかみ)、右側には彦火火出見命(ひこほほでみのみこと)が祀られます。

ひこほほでみのみこと。

海幸・山幸神話の山幸彦に当たる神様です。コノハナサクヤヒメの子としても知られますね。

かぐつちのかみ。

火の神・カグツチとして知られ、「迦具(かぐ)」とは現代語で「輝く」を意味します。二座合祀殿の向こうにも、同じような祠が祀られていますね。

白堤神社改築改修工事の竣工記念碑。

長柄町による記念碑ですが、割と最近になってから改築改修されているようです。

こちらは三社神社です。

向かって右から誉田天皇、天児屋根命、天照皇大神が並びます。

誉田天皇(ほんだのすめらみこと)とは、第15代応神天皇のことですね。

応神天皇が祀られているということは、八幡神社の流れでしょうか。

小さいロウソクが固く閉ざされた扉の前に立てられています。

天児屋根命は春日大社にも祀られていることから、春日神社の系統ですね。

そして、泣く子も黙るアマテラスと続きます。

流造の本殿&地主神・大熊神社

白堤神社には流造銅板葺の立派な本殿があります。

その本殿の御前に拝殿、そのまた手前には阿吽の狛犬が陣取ります。

拝殿向かって右側に陣取る阿形の狛犬。

鞠を手にしていますね。全国各地で様々なタイプの狛犬を目にしますが、白堤神社のそれは典型的な岡崎型狛犬でしょうか。阿形が鞠、吽形が子供を従える様式が一般的です。

この鞠はよく言われることですが、やはり「玉(ぎょく)=財宝」を意味するのでしょうか。権力や地位の象徴であり、鞠を手にする狛犬には男性のイメージが重なります。

一方の吽形の狛犬は子取り狛犬です。

子宝の象徴であり、女性を連想させます。

背後に見えている祠には、白堤の地主神を祀る大熊神社が鎮座しています。

見事に後ろ足を跳ね上げています!

元気でいたずらっ子な印象ですね(笑)

こちらが大熊神社。

他の祠とは異なり、きちんと狛犬が結界を引いています。

なんだか格の違いを感じさせます。

白堤氏の祖神・大熊命を祀ります。

この土地の神様が手厚く祀られていました。

ここだけなぜか、エアポケットに入ったような空気の違いを感じました。

ちょっと話は逸れますが、そもそも私たちの言う神とは熊だったという説もあるほどです。人間の立ち入りを拒むような山深い場所に居た熊は、かつて ”得体のしれないモノ” だったのです。そのモノを神と崇めた古代人がいても不思議はありません。

大熊神社からさらに奥へと進みます。

鳥居が三つ並んでいますね。複数の鳥居があるところを見ると、どうやら稲荷神社のようです。

通り道の付いた建物の奥に、狛キツネの姿が垣間見えます。

境内の一番奥まった所へと向かいます。

建物の中には絵馬が奉納されていました。

何と書かれているのか、残念ながら判読不能です。

鈴緒の向こうに祀られるお稲荷さん。

辺りは水を打ったように静まり返っています。

静寂に包まれて手を合わせます。

京都の伏見稲荷大社にも、数十年来お世話になっている身です。各地に祀られるお稲荷さんにも格別な思いが芽生えます。

右手に視線を移すと、玉垣に囲まれた本殿が控えていました。

新緑に包まれた杜は、清々しい空気に満ちています。一旦心を落ち着かせ、大きく深呼吸をしてから本殿横へと回り込みます。

流造銅板葺の本殿。

実に秀麗な建築物です。白い鳥と化して飛び立ったヤマトタケルの魂は、この本殿の中で安らかな眠りに就いていることでしょう。

拝殿前のキノコ?

人気のない境内は、命を育む杜に優しく見守られています。「杜(もり)・森」と ”守る” の「守」は同じルーツを持つ言葉とされます。長い年月の間、地域の人々に見守られ続けている鎮守の杜。ここ白堤神社でも、受け継がれていく人々の営みを感じます。

白堤神社拝殿と大熊神社。

このお互いの位置関係が何とも絶妙ですよね。

参道沿いのベンチ。

神様の通り道を避けるように、端っこの方に置かれていました。

元禄2年(1689)寄進の石燈籠。

「白鳥大明神」と刻まれています。

うん?

これは何でしょうか。

石鳥居をくぐると、すぐ参道右手にありました。

何やら意味深な磐座です。

勝手な想像ではありますが、伝説の白鳥の着地点!?

背後に回り込みます。

特筆すべきものは何もありませんが、確実に ”何か” を物語っています。

境内から外へ、ここは白堤神社の南側です。

この赤い花は夾竹桃(きょうちくとう)でしょうか。

南東方向を望めば、美しい三輪山の山容が見えました。さらに南へ向かい、細い川に架かる橋から社叢の方に向き直ります。

白堤神社の社叢。

さらに南方へ行けば、元の社地があるようです。そこには石碑が建立されているのですが、残念ながら今回は見落としてしまいました。

今度は東側から社叢を望みます。

田植えシーズンということで、数人のお百姓さんが水田でお仕事中でした。そのまま東へ、大和神社の方を目指します。右手に幼稚園を見ながら進んで行くと、程なく大きな池が見えてきました。

「老田池ため池洪水調整池の概要」と記されています。

白堤神社のある朝和地区には、数多くの溜池があります。周辺地図を一見するだけでも、古墳の数より多いことが分かります。

池の向こうに白堤神社を遠望します。

ここから見ると、まるで古墳の墳丘のようですね。

白堤神社には駐車場がありません。

周辺道路に路駐するのも躊躇われますので、JR長柄駅から徒歩で向かうといいでしょう。

かねてからの念願であった白堤神社参拝を終え、ヤマトタケルノミコトに一歩近づけたような充実感を覚えます。