奈良阪にある奈良豆比古神社。
奈良(京)街道沿いに位置し、その御祭神は春日大社との関係が深く、古くは「奈良坂春日社」と呼ばれていたようです。
奈良豆比古神社。
面白い名前の神社で、奈良豆比古(ならずひこ)神社と読みます。
主祭神の平城津彦神(ならづひこのかみ)は、平城山(ならやま)の神であり、この地の産土神だと思われます。コスモスで有名な般若寺からも程近く、西へ向かえば興福院や不退寺にも通じています。
宵宮に奉納される重要無形民俗文化財の翁舞
奈良豆比古神社といえば、翁舞(おきなまい)ですね。
毎年秋祭りの宵宮に当たる10月8日夜に奉納され、その舞いは能楽の原典とも言われます。
絵馬と蛙股。
絵馬に描かれているのは、翁舞の様子でしょう。
翁舞の奉納写真。
絵馬の横に掲げられていました。
芸能と言うよりは、神様にひっそりと捧げられる舞として知られます。五流能としても最も基本的で、神聖な舞であると言われています。
奈良観光と言えば、東大寺・興福寺・奈良公園一帯の人気エリアをすぐに思い浮かべますが、
少し北へ足を伸ばせば、奈良豆比古神社をはじめ数多くの文化遺産が残されていることに気付かされます。
謡曲の源流も、奈良豆比古神社の翁舞に求められるのではないかと言われます。
神事としての古風な舞には、数多くの原点が眠っているのかもしれません。
奈良県指定天然記念物のクスノキ
奈良豆比古神社の見所として、巨木の楠(くすのき)を挙げておきます。
ここを訪れたなら、必ず見ておきたいポイントの一つです。
境内の裏手に生える大きな楠(くすのき)。
まさしくこれぞ御神木、という出で立ちです。
樟には悪いものが寄り付かない、それ故の御神木なのかもしれません。
樟(くすのき)という木は、人気のない森林ではあまり見かけませんが、人里近い場所で生育している姿をよく見ます。神社の御神木に樟が多いのも頷けますよね。
般若寺の国宝である楼門を右手に見て、そのまま北へ奈良阪を上がって行くと、程なく翁舞で知られる奈良豆比古神社が見えて参ります。奈良から京都へ抜ける道の途中に鎮座する奈良豆比古神社。その境内で、大きな樟が参拝客を出迎えます。
奈良豆比古神社の樟。
苔生したそのお姿から、御神木の風格が漂って参ります。誰もが認める大グスです。
コスモス寺で知られる般若寺の楼門。
この楼門は車道の脇に建っており、楼門越しに垣間見える十三重石塔が何とも言えぬ風情を醸します。
国宝の建物が道路沿いに何気なく建つ風景は、奈良ならではのものでしょう。楼門の前には美味しいソフトクリームのお店があって、訪れた時にはいつも購入しています。
般若寺楼門を過ぎて、そのまま真っすぐ進むと左手に奈良豆比古神社が見えて参ります。
この辺りは、ひとしきり奈良観光を終えた人におすすめしたいエリアです。
北山十八間戸や奈良少年刑務所など、通り一ぺんの奈良観光とは趣を異にする名所が集まります。
「春日社」と刻む石灯籠。
春日大社との関係深い奈良豆比古神社の御祭神。
主祭神・平城津彦神の向かって右側には、施基親王(しきのみこ)が祀られます。施基親王(志貴皇子)は天智天皇の第7皇子で光仁天皇の父に当たります。春日皇子と号し、のちに春日宮天皇と追号されました。
歴史を遡れば、宝亀2年(771)に施基親王を奈良山春日離宮に祀ったのが、奈良豆比古神社の始まりとされます。
大地にしっかりと根を張る大樟。
奈良県の天然記念物に指定されている奈良豆比古神社の樟は、樹齢1,000年、幹周り7.5m、樹高30mを誇ります。実に立派な巨木です。ぐるりと周囲を見渡せるようになっていて、参拝客向けに階段も用意されています。あらゆる角度から巨樹を観察することができ、その偉容に圧倒されるばかりです。
こちらが樟の全体像。
拝殿の裏へ回り、上手の方から樟を見下ろします。
ここから左手にとって裏へ回ると、御神木の樟が姿を現します。
垂れ下がった注連縄を見ると、なぜか大相撲の横綱土俵入りを思い出してしまいます。神事の相撲において、最強の横綱には結界が張られているのかもしれません。
樟は暖地に生育する木として知られ、日本では九州地方に多く見られます。
イベントの時に使われる「くす玉」の元になっているとも言われます。魔除けのくす玉ということなのでしょうか。樟脳で知られるように、樟には防虫効果があります。悪いものを寄せ付けない樟の性質は、そのまま魔除けの願いへと繋がっていきました。景気づけのクス玉にはもってこいですよね。
本殿には一間社の春日造が3殿並びます。
神社の心臓部分に当たる本殿を前に、自ずと姿勢が正されます。
本殿手前にある奈良豆比古神社の舞台。
こういう舞殿を見ると、神社で催される祭事が思い起こされます。京都の八坂神社境内にも舞殿がありますよね。祇園祭の直前になると、お神輿が舞殿の中に収められていたのを思い出します。
それにしても見事な樟です。
樟は特異な芳香を持つことから、「奇し(くすし)」から樟(くす)になったとも言われます。奇し(くすし)とは、古語における形容詞で、神秘的な雰囲気を表します。不思議だ、人間離れしている、とっつきにくい等の意味があります。霊妙で悪いものを寄せ付けない、そんなニュアンスを感じさせます。
防虫効果もあったことから、飛鳥時代の仏像にも樟がよく使われています。
奈良豆比古神社の狛犬。
番犬のように鳥居の両脇に居座る狛犬。悪いものを寄せ付けないという意味では、狛犬も樟も同じ効果を発揮しているのかもしれません。
奈良豆比古神社の近くに、般若寺と興福院を案内する道標が立っていました。
興福院を参拝する際は、あらかじめ参詣の予約をしておく必要があります。私は知らずに訪れたため、残念ながら正式に参拝することができませんでした。
奈良阪の氏神である奈良豆比古神社。
その境内にどっかりと根を下ろす御神木の樟。
クスノキという漢字表記には、「樟」と「楠」があります。歴史上の人物ですぐに頭に浮かぶのが、楠木正成ですよね。” 悪いものを寄せ付けずに、正しく成長する ” なんだかとても縁起の良い名前に思えてきます(笑)
古来、人々を見守り続ける御神木のありがたさ。
樹齢1,000年の樟の成長を、これからもずっと見届けていきたいと思います。
ところで、奈良豆比古神社の翁舞の由来は、天智天皇の孫に当たる春日王が病に罹られた時に遡ります。その際、浄人・安貴の二皇子が父の病気平癒を奈良豆比古の神に祈願し、舞を奉納したのが始まりとされます。
伝統芸能もここまで歴史があると、思わず頭が下がります。
拝殿へ向かいます。
奈良豆比古神社は、立地的に東大寺の北西方向に鎮座しています。
いつもとは違った観光ルートを辿ってみるのも、また新たな発見があって面白いのではないでしょうか。