おぢばがえりの天理教

観光ガイドブックに掲載されることのない天理教の街。

奈良観光に訪れたお客様を、今までにも何度か天理にお連れしたことがあります。皆一様に驚き、感嘆の声を漏らされます。天理はそれだけ他には無い、魅力に満ち溢れた街と言えるのではないでしょうか。

天理教おぢばがえり

夏休みの「こどもおぢばがえり」の準備が進められる天理教教会本部周辺。

天理教教祖の中山みきが天啓を受けたと言われる三島神社を訪れ、その足で天理教教会本部へ向かいました。境内には黄色や赤の旗がはためき、「こどもおぢばがえり」の準備が着々と進められているようでした。数年前の8月初旬に、親里パレードなどが行われる「こどもおぢばがえり」を見学したことを思い出します。

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天理教の教えの「ひのきしん」

天理教には様々な教えがありますが、その中でも私は特に「ひのきしん」という言葉が好きです。

勝手な解釈で好きだなんて言ったら怒られるのかもしれませんが、私が日々の行いの中で留意していることとどこか似通っているような気がするのです。

天理教おぢばがえり

神殿前にも照明器具が取り付けられ、いよいよボルテージが上がって参りました。

謙虚な気持ちで日々是改善、微調整を繰り返すことをモットーにしている私にとって、天理教の「ひのきしん」は何となく理解できるような気がするのです。ちなみに「ひのきしん」を漢字に直すと、「日の寄進」になります。天理教の教えでは、一日の働きをお供えする、時間のお供えに通じるものと解釈されています。皆に平等に与えられた時間をお供えするなんて、とても素敵な考え方だと思います。

親里パレード

親里パレードの文字が見えます。

「席の先取りはご遠慮下さい」「ゴミは各自でお持ち帰りください」と注意書きがされています。

天理教こどもおぢばがえり

リオのカーニバルを思わせるような舞台が設定されています。

数年前、夏休みを利用して横浜から泊りに来てくれた友人家族と共に「こどもおぢばがえり」を見学させてもらいました。その時の熱気が蘇ります。友人の子供を肩車して、熱気に包まれたパレードを見たことを思い出します。まるでUSJのマジカルスターライトパレードでも見ているかのようでした(笑)

天理教おぢばがえり

あれだけの人が集い、あれだけ賑やかな祭典が催される天理教。

おぢばがえりの「地場(ぢば)」には、一体どれだけの求心力が秘められているのでしょうか。

天理の街を歩いていると分かりますが、至る所に「ようこそお帰りなさい」と書かれた横断幕が掛かっています。私たちが毎日親元へ帰るのと同じように、天理教の信者たちは親神様のいらっしゃる天理教教会本部の ”地場” へと帰ります。

天理教おぢばがえり

神殿の西側へ通じる参道です。

ランプが吊るされていますね。

世界中の人々を惹き付けて止まない天理教の教え。そこには人知れず、磁場(マグネティック・フィールド)が隠されているのではないでしょうか。陽気で前向きな人の周りには人が集まるものですが、それはまさしく磁場の為せる業です。「陽気暮らし」がキーワードの天理教ですから、その地場は磁場と言い換えることもできるのかもしれませんね。

天理教おぢばがえり

天理教の神殿は、信者ならずとも誰でも入場することができます。

野球場でもすっぽり入るかと思われるほどの、辺り一面の畳敷きが目の前に現れます。信者の方々は皆、東西南北の四方から真ん中へ向かって祈りを捧げておられます。真ん中には何があるのか?どうやらそこに地場が存在しているようなのです。

以下、天理教のホームページから抜粋させて頂きます。

東西南北の礼拝場の中心に神殿があります。
神殿中央に位置する「ぢば」には、人類創造の地点のしるしとして「かんろだい(甘露台)」が据えられています。「ぢば」は、親神様のお鎮まりくださるところであり、「かんろだい」は、人々の礼拝の目標(めどう)となっています。

人間を宿し込まれた地点を地場と言うようです。

中央にある甘露台は六角形をしています。

親神様の教えに従い「ようきづとめ」を勤めたなら、甘露台に天から甘露(天の与え)が授けられると言います。そして甘露を頂けば、人は皆病気に罹ることもなく115歳の定命(じょうみょう)を保ち、この世は陽気暮らしの世界になると教えます。

天理本通り商店街を歩く

JR・近鉄天理駅から天理教神殿へと続くアーケード商店街。

商店街の長さは全長約1kmにも及び、奈良県内で最も長いアーケード商店街として知られます。おぢばがえりの時もそうですが、天理教教会本部の月次祭が行われる毎月26日前後は多くの人で賑わいを見せます。

天理教の法被

黒地に白の、お馴染みの天理教の法被です。

本通り商店街以外にも、天理の街を散策しているとこの法被を着た信者さんの姿をよく見かけます。

天理のダルマ

天理カラーのダルマさんですね。

こどもおぢばがえりが行われる期間は、全国高校野球選手権大会とも重なります。全国制覇を成し遂げたこともある地元の名門・天理高校は教会本部のすぐ近くにあります。ワッショイの応援歌でもすっかりお馴染みの天理高校ですが、紫色のユニホームも夏の甲子園を思い起こさせます。

天理教の神紋

天理本通り商店街の足元に梅の形をした紋のようなものを見つけました。

天理教の御神紋は梅鉢を象ったものですが、このデザインもやはり天理教を表しているのでしょうか。

天理教の標語

商店街を抜け切る所に、天理教の標語のようなものが掲げられていました。

「陽気は幸せの種」

陽気ぐらしの天理教らしいお言葉ですね。

天理教の言葉

こんなボードも掲げられていました。

「ころころと 変わる心を ころがして 陽気にくらそう おみちの月日」

明るくなったり暗くなったり、本当に心は移ろいやすいものです。コロコロと転がすとは、正しく言い得て妙ではないでしょうか。「転石苔むさず」とも言います。常に動き続けていれば、きっといいことがあります。澱んでしまってはいけません。陽気ぐらしの秘訣をこんなところにも見つけたような気が致しました。

天理教

三島神社から天理本通り商店街へ向かう途中、妙に目を引く「天」の文字(笑)

これはやっぱり天理の「天」がデザインされているのでしょうか。

手足を広げて、人が喜んでいるようにも見えます。天理の街、畏るべしですね(笑)

天理教の布教を意味する「にをいがけ」

天理教の教えはよく平仮名で表現されます。

そもそも漢字は舶来の文化です。元来、我が国に根付いていたのは大和言葉であり、それは取りも直さず平仮名だったのです。そういう意味では、感性に訴えかける平仮名で表される天理教の教えは、私たち日本人の琴線に触れます。

天理教神殿

にをいがけ、実にいい言葉です。

漢字にすれば、「匂い掛け」ということになります。

子供は親の言いなりにはならず、親の為すように成ると言います。親の背中を見て子供は育つのです。機を見て掛ける言葉は大切ですが、普段はその行いこそが大切なのです。おそらく「にをいがけ」にも似たようなニュアンスがあるのではないでしょうか。

布教と言ってしまえば、少々押しつけがましい感もありますが、「にをいがけ」にはそういう空気が微塵も感じられません。

素敵な人に出会うと心が揺らぎます。その人を知っていく内に、実はその人が天理教の信者さんだったということはよくあります。知らず知らずの内に「にをいがけ」をされていたのかもしれません(笑)

天理教の神紋

正面南礼拝場の前に、天理教の御神紋が描かれた提灯が掛かっています。

ひらがなの教えは感性に訴えかけてきます。

青垣山に囲まれた大和の地を「たたなづく」と表現したヤマトタケルノミコトのことを思い出します。天理教教会本部は山の辺の道のすぐ西側にあり、たたなづく山々を東の方に望みます。一面に畳の敷き詰められた神殿が印象的な天理教ですが、たたなづくと畳には深い関係があります。

さりげなく続けられる「にをいがけ」によって、たたなづく人垣が天理教教会本部を包み込みます。

天理教のマンホール

教会本部近くで見つけたマンホール。

どうやらここにも、天理教の梅鉢の御紋がデザインされているようです。意匠の上には、「おやさとふしん」と書かれています。一瞬どういう意味かと思いましたが、「親里普請」のことを表しているのではないでしょうか。建築物などに使われるインフラの普請という意味でしょうね。

天理教おぢばがえり

抜けるような青空に、照明器具を取り付けた骨組が建ちます。

仏教のお釈迦様も、教えを広めることにほとんどの生涯を費やしたと云います。

自身の悟りを開くことも苦行だったはずですが、さらにはその教えを人々に広めていくこともたやすいことではなかったことでしょう。

天理教手水舎

神殿前の手水舎。

神殿も巨大ですが、二つある手水舎も巨大です。東西一直線上に手水舎が並び、参拝客が身を清める場所となっています。

天理教手水舎

手水舎の柱の意匠。

パッと見た瞬間、「人の顔だ」と思ってしまいました(笑) 寺社建築ではよく見られますが、目の形はハート形をしていますね。

天理教手水舎

柄杓が綺麗に並んでいます。

整列した柄杓を見て、天理教の履物の教えを思い出しました。

脱いだスリッパや靴は、その向きを整えて揃えておく。そうすることによって心の中もおのずと整っていくという教え。まずは、目に見える身の回りから整えてみる。イライラしている時でも、心配の種が尽きない時でも、そうすることによって心を静めることができる。いい循環は続くもので、落ち着いた波動は周りの人にも伝播していきます。

天理教神殿

天理教教会本部の神殿。

真ん中が南礼拝場、右手に東礼拝場、左手に西礼拝場が並び建ちます。

まるで鳥が翼を広げて飛び立つかのようなお姿です。こういうのを「羽易の山」と言いましたよね。三輪山を中心に龍王山、巻向山と連なる山並みを「大鳥の羽易の山」と称しますが、その神々しいお姿に心を奪われます。

三島神社

天理教教会本部から北西方向に鎮座する三島神社境内。

天理教教祖の中山みきも参詣していたと伝えられる神社です。石灯籠を支える亀の姿が印象に残ります。

天理教こどもおぢばがえり

ローマ字で「KODOMO OJIBA GAERI」と書かれています。

ブラジルやカナダにも信者がいらっしゃるのでしょうか、国道169号線を走っていると、銀杏並木の中に外国の国名が書かれた詰所を見かけます。夏休みのこどもおぢばがえりでは、世界中から信者の子供が親里に帰って来るのでしょうか。スケールの大きい話ですね。

石上神宮の道標

石上神宮の道標がありました。

東へ1㎞と案内されています。距離を表すキロメートルですが、漢字では「米偏に千」と書くんですね。神杉が聳え、神剣が祀られる石上神宮も、ここ天理教教会本部から徒歩圏内に位置しています。

天理教こどもおぢばがえり

江戸時代末に誕生した新宗教の天理教。

「悪しきを祓うて助け給え天理王命」 どこか郷愁を誘うメロディと共に唱えらるフレーズは、天理教信者ならずとも耳にすれば思わず口ずさんでしまう御言葉です。教祖の中山みきは90歳でこの世を去りましたが、天理教では目に見える存在は隠されたものの、その魂は今でも現世に生きており、人々の暮らしを見守っているとしています。

天理教の統括者を真柱(しんばしら)と呼んでいますが、神様を数える単位である「柱」を用いているところにも、その神性が垣間見えるような気がします。

陽気ぐらしの世界を実現する天理教

住所:奈良県天理市三島町271

<天理教の関連情報>

  • 拝観料 :無料
  • 駐車場 :無料
  • アクセス:JR・近鉄天理駅から徒歩約10分