御所市の室宮山古墳!長持形石棺を見学

御所市室にある宮山古墳。

「室宮山古墳」「室大墓」とも呼ばれ、全長238mの巨大前方後円墳は葛城地方最大の規模を誇ります。竪穴式石室の中の長持形石棺を見学することができ、古墳ファンの間でも人気の高い古墳です。

室宮山古墳の長持形石棺

室宮山古墳の長持形石棺。

後円部の南石室に顔を覗かせていました。

石室の内外からも多数の副葬品が出土しているようです。長持形石棺は竜山石製で、亀甲状に造成されています。縄掛突起も8箇所見られ、その特異なフォルムに釘付けになります。

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被葬者は葛城襲津彦!5世紀初めの前方後円墳

室宮山古墳に葬られる人物は誰なのか?

中世には武内宿禰(たけのうちのすくね)の墓ではないかと言われていたようですが、昨今では葛城襲津彦(かつらぎのそつひこ)説が有力です。

葛城襲津彦は大和の豪族で、伝説の人物・武内宿禰の子とされます。

室宮山古墳の靫形埴輪

靭形(ゆぎがた)埴輪

南石室の開口部近くに、靭(ゆぎ)の形をした複製埴輪が立っていました。靭(ゆぎ)とは、矢を入れて背負う道具のことです。

室宮山古墳の墳丘

国道309号線から室宮山古墳の墳丘を望みます。

室宮山古墳の竪穴式石室は、応神天皇を祀る八幡神社の背後にありました。

八幡神社の境内を抜けて墳丘へと上がって行きます。後円部へは簡単に辿り着きましたが、前方部方面には草木が生い茂り、今回は残念ながら断念致しました。

室宮山古墳の長持形石棺の中

長持形石棺の中。

カメラを棺の中に差し込んで撮影することができます。

被葬者は東枕だったと言います。

副葬品は既に盗掘に遭っています。そんな中、かろうじて鏡の破片や滑石製・ガラス製の玉類、滑石製の刀子、短甲の破片などが残っていたようです。全面に朱の塗られた跡がうかがえますね。ゾクゾクするような神秘的古代空間です。

室宮山古墳の南石室は、棺が先で石室が後だったようです。石棺をまずここに据え、その後に石室が造られる工程でした。

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八幡神社を経由する室宮山古墳の行き方

今回私は大和高田バイパスを通って室宮山古墳へ向かいました。

バイパスを「東室」で下りて、国道24号線を御所方面へ向かいます。

近鉄忍海駅、近鉄御所駅を右手に見ながら車を走らせ、「室」の交差点で左折します。しばらく進むと、やがて右手にそれらしき丘陵が見えてきます。その手前には溜池らしきものも見えました。ところが例の如く駐車する場所に迷い、その先のコンビニで一服します。コーヒーブレイクをした後、そのまま車を置かせて頂き、来た道の国道309号線を徒歩で引き返します。

室宮山古墳の道標

宮山古墳の道標。

前方には葛城山系が見えていますが、ここを左折するようです。目的地までの距離は200mと出ています。

宮戸橋バス停の道標

国道309号線を西へ行けば、約500mで宮戸橋バス停があるようです。

宮山古墳はここから南方です。

左手には溜池があり、周囲には桜の木が植えられていました。もう葉桜の状態でしたが、池を左に見ながら歩を進めると、程なく右手に神社が見えてきます。その神社手前に案内板が立っていました。

室宮山古墳の案内板

詳細に記された室宮山古墳の解説文。

史跡 宮山古墳

所在地:御所市室1332番ほか
指定日:大正10年3月3日
年 代:5世紀初頭
墳 丘:前方後円墳 墳丘長238m、後円部径148m、前方部幅152m程度

宮山古墳は奈良盆地南西部の端に位置する古墳時代中期初頭(5世紀初頭)の前方後円墳で、葛城地域では最大の規模を誇る。
墳丘長は238mで、後円部を東、前方部を西に向けている。墳丘の周囲には周濠、その周囲には周堤が巡っている。後円部、前方部とも三段築成で、各段の平坦部には円筒埴輪が並べられ、墳丘斜面には花崗岩の葺石が施されていた。

後円部の最上段には直径38m、高さ3mの円丘段があり、その上面には盾形、甲冑形、靭形、家形などの形象埴輪と円筒埴輪を立て並べた方形区画がつくられている。後円部には、2基の竪穴式石室が南北に並列して配置されており、南石室では竜山石製の長持形石棺が確認され、三角縁神獣鏡や玉類、石製品、三角板革綴短甲、鉄刀などが出土した。

前方部頂には粘土槨とみられる埋葬施設が確認され、11面以上の銅鏡の存在が確認されている。また、前方部北側には一辺約50mの方形の張出しがあり、その頂部では粘土槨が確認され、短甲や鉄鏃、鉄刀が出土した。

宮山古墳は、奈良盆地から紀伊あるいは河内へとつながる交通路が交差する要衝に位置している。後円部から朝鮮半島の伽耶地域産とみられる陶質土器も出土しており、被葬者が大陸と積極的なつながりを持っていたと考えられる。
平成27年8月 奈良県教育委員会

3段築成の前方後円墳で、墳丘斜面には葺石も施されていたことが記されます。

埋葬施設は1箇所のみならず、前方部や張出部にも複数あったようです。

八幡神社鳥居

八幡神社の鳥居。

石垣の上、一段高い場所に鳥居が建ちます。

八幡神社

正面から左手へ回り込みます。

横からも境内への入口が開けていました。おや?玉垣に何やら案内板らしきものが。

室宮山古墳の道案内

室宮山古墳への行き方が案内されていました。

鳥居を二つくぐり抜けて登って行くようです。

八幡神社の由緒

八幡神社の御由緒。

御祭神 誉田別尊(漢風諡号 応神天皇)

由緒 本殿は方一間、春日造り、境内社には春日神社と稲荷神社がある。

本社に奉納された絵馬には農耕の場面を描いたものがあって、民俗資料として貴重である。

第六代、考安天皇(日本足彦国押人尊)の室秋津宮跡は本社の辺りとされる。

背後には宮山古墳があって、南葛城地方最大の規模を有するものとして著名である。武内宿禰のとも言われるが確証はない。

平成4年5月吉日 御所市教育委員会 寄贈 御所ライオンズクラブ

孝安天皇室秋津島宮趾

孝安天皇室秋津島宮趾の石号標。

天皇の系譜上、孝安天皇は第6代天皇に当たります。欠史8代の中に入る天皇ではありますが、この辺りはそのお宮跡とされます。

八幡神社拝殿

拝殿の奥には本殿が垣間見えます。

狛犬も二体、拝殿前に佇んでいました。

神武天皇遥拝所

拝殿右手前には、神武天皇遥拝所があります。

神武天皇陵や橿原神宮の方を向いているのでしょう。

八幡神社本殿

春日造の八幡神社本殿。

室宮山古墳はこの後方に位置しています。

室宮山古墳の「宮山」とは、他ならぬ八幡神社のことを指しています。八幡神社と室大墳(むろのおおはか)は切っても切れない関係なんですね。

八幡神社拝殿

拝殿の中には絵馬が掲げられていました。

辺りに人影はなく、とても静かな場所です。

室宮山古墳の階段

拝殿の左手から古墳へのアクセスルートが伸びています。

どうやらこの階段を上がって行くようです。

室宮山古墳の階段

手摺りも付いていました。

迷うこともないでしょう。

八幡神社本殿

失礼ではありましたが、本殿の背後を見下ろしながら先へ進みます。

割と急な階段ですね。

室宮山古墳後円部

頂上へと出て来ました、ここが目的地のようです。

前方後円墳の後円部だと思われます。

室宮山古墳

ありました、ありました!

予習段階で幾度も目にした光景です。

靭形埴輪の右手に開口部が見えています。

室宮山古墳の靭形埴輪

レプリカの靭形埴輪。

本物の埴輪は橿原考古学研究所附属博物館に収められているようです。

室宮山古墳

埴輪の後ろから。

後円部の頂ですが、燦々と太陽光が降り注いでいました。

室宮山古墳の長持形石棺

竪穴式石室の石棺はそう見ることが出来ません。

丸みを帯びた縄掛突起を見ていると、何かこう、さなぎの状態のカブト虫を連想してしまいます。ぽっかりと穴が開いていて独特の”表情”がありますよね。

室宮山古墳の長持形石棺

長持形石棺の穴。

やはりこのブラックホールにはそそられます。

室宮山古墳の長持形石棺

上部にカメラを滑り込ませます。

ギリギリ一杯ですね。

室宮山古墳の長持形石棺

石室の側面。

こうして撮影していても、すぐに背後が迫っています。とても狭い空間での撮影となりました。

室宮山古墳の長持形石棺

リアルですね。

本物に勝るものはありません。

長持形石棺の解説

雄大な長持形石棺の案内板。

後円部に2つある主体部のうち、この南側の竪穴式石室には豪壮な長持形石棺が収められている。
長持形石棺は5世紀代の大王墓級の古墳のみが採用できた石棺で、宮山古墳被葬者の当時の権勢の大きさが偲ばれる。この石棺の石材は遠く兵庫県の加古川流域から運ばれた竜山石で、底石1枚、側石2枚、小口石2枚、蓋(ふた)石1枚の計6枚で構成され、全面に朱が塗られている。

蓋石の頂部には8区画の亀甲形の装飾が彫られ、各辺には2個ずつの縄掛突起がある。棺蓋の長さは、縄掛突起を含めると3.77mもあって、稀に見る雄大なものである。側石の縄掛突起や小口石の方形の装飾突起2つにも注目してほしい。
この長持形石棺は、竪穴式石室に収められたままの状態で見学できる、全国でも唯一の貴重な資料である。

長持形石棺は王者の石棺です。

被葬者が確定したわけではありませんが、相当な権力を持つ人物であったことは間違いないでしょう。

長持形石棺の案内プレート

案内プレートにヒビが入っていました。

こういうのを維持していくのも大変なことだと思います。

室宮山古墳の北石室

こちらは、後円部北石室

後円部には二つの竪穴式石室があります。

室宮山古墳の北石室

緑石片岩を積み上げた竪穴式石室のようですが、未だに発掘調査が行われていません。

内部には南石室同様、竜山石製の長持形石棺が安置されているようです。

室宮山古墳の北石室

露わになった北石室の表面。

王者の石棺がここにも埋まっているのでしょうか。

室宮山古墳の北石室

北石室もすぐに見つけることが出来ます。

靭形埴輪の左側をウロウロしていれば、すぐに行き当たります。

室宮山古墳の郵便受け

南石室の前に、こんな郵便受けが設置されていました。

古墳を案内するリーフレットが入っているのかと思いきや・・・

懐中電灯

懐中電灯でした。

石室見学を手助けする道具ですね。

ここは竪穴式石室です。長い羨道を通って奥の埋葬空間へと辿り着く横穴式石室ではないため、さほど必要ではないかもしれません。

八幡神社のアクセス道

宮山古墳の道案内から八幡神社へ続くアクセスルート。

春の陽気に誘われて、綺麗な花が咲いていました。

御所市室の桜

池の手前の桜。

軽トラの停まっている辺りなら、一時駐車も可能でしょう。ここから徒歩3分ほどで八幡神社です。

二上山

国道309号線から北西方向を望むと、二こぶの山が見えました。

あれは二上山でしょうか。

いつも私が目にする二上山とは違います。見る角度が変わると、山の姿も変化するのでしょう。

室宮山古墳の墳丘

東方から室宮山古墳の墳丘を眺めます。

電信柱の注意書きは秋津防犯協会ですね。数年前に日本武尊白鳥陵を訪れた時も目にした覚えがあります。そう言えば、室宮山古墳の東には巨勢山古墳群最大の條ウル神古墳があります。大型の横穴式石室が話題を集めた古墳です。今回は行き損ねてしまいましたが、次回は場所だけでも確認しておこうと思います。

御所市の室大墳(むろのおおはか)、これは必見です。

長持形石棺の見学も無料ですので、古墳好きの方は是非おでかけしてみましょう。

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