今年も開催された「はならぁと」。
10月末から11月初めにかけて催された奈良・町家の芸術祭はならぁとの今井町エリアへ行って参りました。
数年前にも八木札の辻や三輪のHANARART会場を訪れましたが、今井町でのはならぁと見学は初体験でした。前衛的な芸術作品と歴史に裏打ちされた町家の空気がフュージョンし、今井町一帯に不思議な空間が広がっていました。
旧米谷家住宅前に展示されるアート作品。
まるで金平糖のようなフォルムをした麦わら帽子の作品です(笑) 思わず吸い寄せられるように足を運んでみました。
蔵前座敷と名残の空間
玄関先にアート作品を見せられると、つい足を向けたくもなります。
今井町町並み保存会作成の出展会場マップを手にしていたのですが、とにかく行き当たりばったりでウロウロと散策させて頂きました。次はここへ行って、その次はあそこで・・と計画的に回るよりもその方が気楽です。芸術に触れるには気持ちの余裕が必要なのかもしれません。
喜田恭臣(きだやすたか)さんのアート作品「名残」。
天井から吊るされた儚げなその姿からは、まさしく名残りが感じられます。
名残の語源は「波残り」にあります。寄せては返す波・・・延々と続く波打ち際のリフレインが名残の語源とされます。わずかな残り香を残しながら、す~っと消えていく儚さを表した言葉なのですが、目の前の芸術作品ともよくリンクしています。
「存在」の形相が流転し、剥離した表象が漂う。
なんだか難しい副題が付けられていましたが、何となく分かるような気が致します。いや、分かってしまってはいけないのかもしれません(笑) これは芸術なのですから。きっと直感で観るものなんでしょうね。
土間を通って奥へ行くと、左手に蔵のような建物が建っていました。
その前には井戸がありますね。
地相の世界では、北西に蔵を建てると良いと聞いたことがあります。お金が貯まる方位なんだそうですが、旧米谷家住宅にも当てはまっているのでしょうか。玄関入口が南向きですから、北西と言えば北西なのかもしれません。
この蔵はよく見てみると、蔵の前の部分に畳が敷かれています。「蔵前座敷」と呼ばれる所以ですね。
重要文化財 旧米谷家住宅の解説版。
旧米谷家は屋号を「米忠」といい、米谷家の所有で代々金物商、肥料商をおこなっていましたが、昭和31年に国有になり(建物だけ)昭和50年度に解体工事を完了しました。
当家は19世紀中頃の、5代目忠五郎の時期には相当繁昌したものとみられ、主屋の北側の土地を取得して、内蔵・蔵前座敷なども増設し、屋敷構えを整えています。
修理の際、主屋の建設年代を確証する資料は発見できなかったのですが、類似建物・構造手法などにより推察して18世紀中頃の建物とみられます。
内部は東側に広い土間をとり、西側は今井町では少ない五間取りの部屋となっています。床の高さも「みせのま」を一番低くして、その他の部屋を順次高くしており、根太天井としています。土間部分には太い「煙返し」も取り付いています。
重要文化財に指定される旧米谷家住宅は見学無料です。
月曜日(祝日の場合は翌日)が定休日になっているようです。その主屋は他家と異なり、5室型で農家風のイメージが強い建物になっています。
木札に「蔵前座敷」と書かれていますね。
衾の向こうに格子戸が見えていますが、あの部分が蔵だと思われます。
数寄屋風の素敵な造りですが、この蔵前座敷はご隠居の部屋だったのではないかと思われます。現役を退いた後も、ここなら蔵の中身をしっかり監視できますからね。この場所で悠々自適の生活を送っていたであろうご隠居の姿を想像します。
蔵の前にお座敷がある。
なんだ不思議な光景ですね。
入口近くに戻って来ると、梯子が架けられていました。
使用人の部屋だったのでしょうか。
文化の香り漂う秋に催されるはならぁとは、単なる催し物にはとどまりません。はならぁとを契機に、空き町家約30件が店舗や住居として再活用されるなど、街の活性化にも大きな役割を果たしています。旧米谷家住宅のような重要文化財の家とまではいきませんが、古き良き日本の家屋が息を吹き返していく様子を見ていると、なんだか元気付けられるような気が致します。
これが根太天井でしょうか。
構造材がむき出しになっていて、これだけでも十分にアート作品です。
重要伝統的建造物群保存地区に指定される今井町。
伝統的建造物群保存地区とは、昭和50年の文化財保護法の改正によって、伝統的建造物群及びこれと一体をなしてその価値を形成している環境を保存しようとする制度のことを言います。
今井町は寺内町として、平成5年12月8日に「重要伝統的建造物群保存地区」に選定されています。
土間の竈。
こんな所で一度、料理をしてみたいという衝動に駆られます。当館にも昔、土間に竈が置いてあって、その上に荒神様が祀られていました。荒神様に見守られながら仕事をしていたんだなと思います。
広いスペースの土間の向こうから光が漏れます。
引戸の向こう側には蔵前座敷が控えています。
昔の家は本当に天井が高いですね。高い天井の家で幼少期を過ごした子は大成すると聞いたことがありますが、そういう意味では現代っ子には不安が付きまといますね。タワーマンションなどの高層階で生活していると情緒が不安定になるとか、真相のほどは定かではありませんが色々な意見が交わされています。
麦わら帽子が糸で吊るされています。
中町筋北側に居を構える旧米谷家住宅。周辺には中町筋生活広場、今井町並保存整備事務所、音村家住宅(重要文化財)などがあり、今井町の中でも比較的賑やかな場所となっていました。
今井景観支援センターに展示される鳥屋ミサンザイ古墳の写真
旧米谷家住宅の東隣りに今井景観支援センター(今井町並保存整備事務所)があります。
かつては旧米谷家の所有で、安政3年(1856)の上棟銘のある建物です。
歴史風情を漂わせる今井景観支援センター。
二階部分の虫籠窓が印象的です。
一階部分のお座敷に鳥屋ミサンザイ古墳・宣化天皇陵の写真が展示されていました。
畳の上にディスプレイされているのは、「甘樫丘からの眺め」と題する作品です。
鳥屋(とりや)ミサンザイ古墳は橿原市鳥屋町にある前方後円墳です。前方部が北東方向に向いた古墳で、歴史に憩う橿原市博物館へとアクセスする県道戸毛・久米線から南にその姿を望むことができます。
奈良県内でこんもりとした緑の杜を見たら、神社か古墳である可能性が高いと言います。
周りに水を湛えた周濠付きとくれば、これはもう古墳である可能性がグンと高まります。
奥の方にはこんな場所がありました。
おトイレか何かでしょうか。
その反対側には蔵らしき建物もありました。
菱形にデザインされた海鼠壁(なまこかべ)の意匠に目を奪われます。
連続テレビ小説「あさが来た」の写真が掲示されていました。
NHKの朝ドラのロケ地にもなっていたようです。
ミニチュア模型の前に「今井町でシェアハウス」と書かれています。
今井町の最寄駅は近鉄橿原線の八木西口駅です。奈良県の交通の要衝とされる近鉄大和八木駅にも程近く、大阪や京都へのアクセスにも比較的便利な場所です。歴史的建造物の多い今井町エリアですが、シェアハウスという生活様式も面白いアイディアだと思われます。
「今井町町家相談」の立札。
はならぁと等のイベントを通して町家に触れ、その魅力に気付いた人たちが次なる行動を起こす手助けにもなっているのでしょうか。ただ単に展示するだけでは終わらない、関係者各位の協力関係が見て取れます。アートという切り口で、若年層の潜在需要が喚起されているのかもしれませんね。
以前は HANARART とローマ字表記が多く見られたような気がしますが、今回の今井町では「はならぁと」と平仮名での表記が主流を占めていました。確かにこの方が分かりやすいですし、親しみも感じられます。
今井景観支援センターの軒先。
今井町の町紋の馬止めが描かれていますね。
かつて「大和の金は今井に七分」と言われるほど、繁栄を謳歌した町です。様々な物資や人が行き交い、馬の往来も頻繁にあったものと思われます。馬止めが今井町の象徴になっているのも頷けますね。
細川町家の「みらいの欠片」
もう一つのはならぁと会場をご紹介しておきます。
大正から昭和初期にかけての二軒長屋(隣とつながった長屋形式の家)の細川町家に於いてもアート作品が展示されていました。これらの他にも、キュレーター会場としてのトウネ精米工場、中野家をはじめ、本町恒岡家・今西長屋・大工町河合家・嘉雲亭・今井まちや館・夢ら咲長屋・中町生活広場・旧西町生活広場・JR桜井線土手などの展示会場でもアートを楽しむことができます。
左手の建物が細川町家です。
旧米谷家住宅や今井景観支援センターとは趣を異にする鄙びた雰囲気の町家です。
「収去物図」と題するアート作品。
作者の方にお伺いすると、この建物の傷んだ畳や内装などをはがしていった際に出てきた物を描いたものなんだそうです。普通なら見向きもされないモノたちに焦点を当てた覚書とも言えます。記録された植物の柔らかいタッチが実に美しいですね。横に長い作品で、巻物風に仕立てられていました。
本の見開きの間から苔玉が顔を覗かせています。
「過去の本から未来の成長へ」・・・誠に勝手な解釈ではありますが、何かそんなメッセージを感じ取りました。
アートはいいですね。
自由な発想で、その人なりの受け止め方が許されています。
流行歌もそうですが、百人百様に広がっていくイメージの集大成がさらにその上の世界へと引き上げてくれるのかもしれません。
奈良・町家の芸術祭はならぁとは、すっかり秋の風物詩として根付いた感があります。
これからも様々な会場で人々が出会い、その御縁が丸い円になって転がり続けていくことを願ってやみません。
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